OUR ART IN
OUR TIME

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STORY -

  • May. 01, 2020

  • 動くものをキャンバスで表現したい

  • 現代アーティスト
    蓮輪友子

  • writer MAYO HAYASHI
    photographer YUBA HAYASHI
    editor NAOMI KAKIUCHI

    取材場所協力:SHIBUYA QWS (渋谷キューズ)


まるで発光するように、鮮やかな色彩が踊っているーー。

 

現代アーティスト・蓮輪友子さんの描く絵と初めて対面したときそう感じた。黒髪のショートカットがよく似合う、キリッとクールな顔立ちの蓮輪さんだが、言葉を交わすと関西出身の彼女の明るく快活な人柄に一瞬で引き込まれた。彼女はなぜアーティストを志し、絵を描き続けているのだろう。

光の衝撃が、絵描きへの道を志すきっかけに

大阪に生まれ育った蓮輪さん。実家は祖父の代から続く銭湯を営んでおり、大学卒業までそこに暮らした。幼い頃から、絵を描くことが好きだったという。

 

「年子の妹がいるんですけど、めちゃくちゃユニークで面白くって。チャーミングな妹は家族の人気者で、姉の私は後ろでうつむいて石拾いしているような子ども(笑)。地味な私は得意な絵を描くことで親や親戚の気を引いていたんです」

 

小学3年生の頃、夜空に緑の炎を上げて“火球”が流れていく瞬間を、偶然にも実家の屋上で目の当たりにした。

 

「ゴーーって長くて大きな流れ星で、ものすごくキレイで『新星爆発や!』って。その火球を見た瞬間、私は絵描きになるって決意したんです。絵を描くことが大好きやったけど、絵の具を買えない国もあるなか日本で絵を描くのは贅沢なんだ……って小学生ながら悩んでいて(笑)。でも絵を描いて売ったお金の少しを寄付すればいいんだってそのとき漠然と思ったんです」

 

蓮輪さんは「おかしいよね?」と笑うが、閃光に衝撃を受けた少女は、のちにその決意通りに絵描きとなる。

2020年の年明け、台湾での個展 《Tomoko Hasuwa Courtesy of YIRI ARTS》

バックパッカー、野良レジデンスで海外へ

蓮輪さんは、これまでスペインやオランダ、台湾などで展示を開催してきた。今年の始めに4度目の台湾での個展を終えたばかりだ。海外でアクティブに活動するようになったのは、学生の頃の体験がきっかけだったという。

蓮輪友子「LICHT」展示風景 (XPO Enschede 2016年) ©︎Tomoko Hasuwa

「当時、大阪港には海外の学生を乗せた船が着港していて。実家は銭湯だったし部屋もいくつか空いていたこともあって、いろいろな国の人たちがホームステイしていました。とくにオランダ人の女の子と親しくなって、再び会うために初めてひとりで旅に出たのがきっかけでバックパッカーの旅にハマってしまいました」


京都市立芸術大学で油彩画を学んでいた蓮輪さん。在学中は、長期休みや単位をまとめて取って授業を休んでは海外を旅して回った。海外を旅するなかで刺激を受け、さまざまな価値観を得たという。しかし卒業後、当たり前に絵を描いていた日常、絵を描く仲間がいる環境から離れてしまったことで制作が停滞してしまう。そんなときに出会ったのが、海外のアーティストレジデンスだった。

大学在学中は自然と海外へ足が向いていたのに、卒業後はきっかけを掴めなくて。そんなときにアーティストレジデンスの存在を知ったんです。ああ、こういうのがあるんやって。行政がやっているレジデンスって、ちゃんとした書類を用意してちゃんとした審査があるでしょう?(笑)。でもそれには通らなくて。これはあかんと思って、自力で探そうとサイトの掲示板で調べました。私は“野良レジデンス”って呼んでいるんですけど、TransArtistsというサイトで観光ビザの3ヶ月で海外に行くプログラムに応募したんです」

 

“野良レジデンス”の最初の地は、2014年に訪れたスペインのマドリード。さまざまな国籍のアーティストとの出会いが、蓮輪さんの作品づくりの原動力となった。

 

「そのとき私のモチベーションはカラッカラ(笑)。でもどこかの国に行くと、同じように試行錯誤しながら生み出そうともがいている人や同じような境遇の人がたくさんいて、学生時代のように刺激を受けたんです。たくさんのアーティストと繋がって、現地で作品をつくることが楽しかった。日本にいるとたいていのものは手に入るけど、海外だとモチーフも手に入る画材や期間も限られている。できることが限られる分、本当につくりたいものに時間を使えたんです」

 

マドリードに滞在中、映像で新しい表現をしているアーティスト達に出会ったことで映像表現の魅力を知った蓮輪さん。海外生活の何気ない風景、カラフルなファッションを着た道行く人、目に映るあるがままを映像に収めていった。現在の表現手法は、この頃の体験が起点となっている。

映像から生み出される、光と色彩が躍動するキャンバス

撮影した映像をコマ送りにし加工を施す。どの瞬間を切り取るかも重要な作業工程だ。


蓮輪さんの絵は一見するとデジタル作品のようだが、近づいてみると人の手で描かれた筆使いと匂いをしっかりと感じることができる油彩画だとわかる。

 

作品モチーフは、テーブルの上に置かれた静物やポージングしたモデルではない。まず動く人物や風景の映像を撮ってからPCで編集し、揺れやブレのエフェクトをかけて色彩を調整・加工する。そして絵に描き起こしたい瞬間を切り取って、やっと筆をとることができるのだ。

 

蓮輪さんの作品は油絵らしからぬ透明感や軽やかさが特徴。使用する画材は、クサカベとOld Hollandの透明色の油絵具。とくにオランダ製のOld Hollandは日本で手に入りにくいため、海外に行ったときに大量に仕入れるほど作品にはなくてはならない絵の具だという。

表現方法が多様化する中で、「絵」というフォーマットをあえて選んで制作する蓮輪さん。
平面の表現に限界を感じることもあるというが、自身を鼓舞する意味でも普段はアーティストではなく「ペインター」と名乗っている。

光を表現したいんです。後ろから光が投射しているような、光が透けている状態が美しいから

 

映像は光の三原色の集合体であり、そもそも絵の具での表現は難しい。その色彩や光をキャンバスに表現するためには、刷毛や筆で塗ったり布で拭いたり、絵の具を塗っては乾かして見極める。蓮輪さんは「絵の具のおかげ!」と笑うが、地道な作業を繰り返すことで理想のイメージにたどり着けるという。

 

「絵を描く過程全てが面倒くさいんです。絵の具を練ったり、キャンバスを張ったり。でも色をのせて発色が美しいと、それだけでもうちょっと頑張ろうって思えるんです」

 

透明感を引き立たせるため、部分的に下地が透けるように残している。一度では思い通りの色と線は描けないため、何度も塗り直しては重ねる根気強さが必要だ。

 

「映像を見ながら描くだけでは最終的には仕上がりません。そこを乗り越えるために、個人的な思い出が必要になってくるんです。あの光景が素晴らしい、と思った“あの感じ”を表現するために、想像力を足しながら絵の具を自由に動かしていかなければいけなくて」

 

「こういう、自分の友人が歌って楽器を弾いている姿って、個人的なことですよね。他人から見たらどうだっていいことが、私の絵を描くモチベーションになっているんです。自分の大事やって思う瞬間がないと、仕上げまで気持ちを保てないから」

 

蓮輪さんはあえて顔の特徴や肌の色、性別などの具体的な描写をせず抽象化する。その先に見る側のイメージ領域が広がり、共感が生まれてほしいと語る。

 

2019年に制作した作品。オランダのロッテルダムを訪ねたときに屋外コンサートでギターを演奏する友人を描いた。

価値を移動するおもしろさ。ちょっとしたドッキリを仕掛けたい

 

「X AKI」展示風景 (TURNER GALLERY 2016年)©︎Tomoko Hasuwa

「NATSUKI IKE」展示風景 (Rotterdam 2018年) ©︎Tomoko Hasuwa

アーティストとしてだけでなくキュレーターとしての顔を持つ蓮輪さん。海外で出会ったアーティストたちの作品を日本で展示する機会を度々つくっている。さまざまなアート作品を知ってもらいたいという純粋な気持ちと、ちょっとしたいたずら心があるという。

 

移動させるおもしろさがあるんです。私が少し手に持つ容量を空けるだけで、価値を移動させることができる。私にはなんの後ろ盾もないけれど、海外からアーティストの作品を移動して展示をやることで『いつの間に日本で展示できるほど有名になったのか』とそのアーティストは故郷の街で噂になったり(笑)。ちょっとしたドッキリというか、いたずら感覚です。よりおもしろくするためには、自分は裏方に徹して顔を出さないこと。そしてひとりの力ではなく展示場所を貸してくれる人、助けてくれる人たちがいるからこそ実現できます。友人たちから作品をたくさん預かっているのでまた企画したいですね」

 

そんな蓮輪さんがアーティストとして自覚が持てるようになったのは、32歳の頃。神保町のギャラリーで初個展を開いたときだという。初めてギャラリー側から声をかけてもらったことで、アーティストという職業がリアルなものになった。

 

「初めて個展をやったとき、“絵の居場所ができた”って思ったんです。絵によってはキャンバスから外して丸められるんですけど、その状態で自宅に溜め込んでいて。それだと作品は痛んでしまうから人の目に触れてナンボやと。外で作品を見てもらえることが何よりありがたかったです

 

アーティストにとって、絵が飾られるということ、多くの人に作品に接してもらえる機会が増えることはなによりも価値のあることだ。


個展を重ねていくにつれ徐々に作品が認められていき海外のギャラリーからも声がかかるようになったが、決して奢ることなく絵と正直に向き合っている。

 

 

 

命の鼓動

動くものをつくりたい

 

創作する意味、それはなんのために生きていくかという問いでもある。明るく誠実な言葉で自身のことを伝えてくれた蓮輪さん。数年前の大切な人との別れを話してくれた。

 

「動くものをつくりたいというのも、妹のことがあって。妹の病気がわかってから、私のミューズがいなくなったらどうしよう、残しとかな……という想いが強くなりました。それまでも日常で彼女の写真は撮っていましたが、残そうとしている私の心の内を妹に悟られた気がして、撮れなくなって。まして当時は映像を撮る習慣もなかったので、動く姿を残すことができなかったんです」

 

しばらくして家を探すと1本の短い映像が見つかった。エメラルドグリーンの深い川に潜って、手に石を抱えた女性が川底をゆっくりと歩いている姿が記録されていた。

 

よかった、残ってた……

動きを表現したいと語る蓮輪さんの真っ直ぐな視線は揺るぎない。

 

「絵を描いている途中、ふと妹と一緒にいるように感じることがあります。家族のアイドルだったかわいい年子の妹。彼女は今も私のミューズであり、スーパーヒーロー。いつも助けてくれて励ましてくれる存在です」

 

 

命の鼓動や、心の揺らぎ。そして希望のように目に見えないものを表現するために蓮輪さんは絵を描き続けるのかもしれない。たったひとり静かに絵の具を重ねていく時間の先に、明るい色彩と光に包まれた世界がある。

 

彼女が世界中で出会った人々や何気ない光景は、その一瞬の美しさをキャンバスに留め、色あせない命となって生き生きと動き回っている。

 

 

 


 

蓮輪友子(はすわ ともこ)

 

画家。個人的な経験をもとに、身近な場所や旅先でスナップ写真のように撮影した数秒の短い動画を用いて絵画制作をしている。近年は台北やロッテルダムにて展覧会、ロンドンやアントワープのフェアに参加など国内外に活動の幅を広げている。2020年1月に台北で個展。また個人の活動と並行して、自身が海外を訪れた際に出会うアーティストの展覧会を日本で開く活動を2014年から行っている。主な展示は個展に2020年「FES」YIRI ARTS(台北)、2017年「SUPER HERO」 YIRI ARTS (台北)、2017年「LICHT」 ギャラリー福果 (東京)、2016 年「LICHT」 XPO (Enschede)、2016年 「SUPER HERO」 TETEM (Enschede)、グループ展に2018年「HOWLING PANCAKES」Showroom MAMA(Rotterdam)、2014年 「Take a chill pill」La farmacia(Madrid) 等

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