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11
2024
STORY - VOICE
Aug. 30, 2019
「もの と こと」
価値のパラダイムシフト
デザイン活動家/D&DEPARTMENTディレクター
ナガオカケンメイ
writer FUMIKA TSUKADA
photographer YUBA HAYASHI
editor NAOMI KAKIUCHI
デザイン活動家/D&DEPARTMENTディレクター
ナガオカケンメイ
デザイン活動家。「ロングライフデザイン」をテーマにD&DEPARTMENTを創設。’09年よりトラベルマガジン『d design travel』を刊行。47都道府県に拠点をつくりながら、物販・飲食・出版・観光などを通し、47の個性とデザインを見直し、全国に紹介する活動を行う。’12年より東京渋谷ヒカリエ8/にて47都道府県の「らしさ」を常設展示する、日本初の地域デザインミュージアム「d47 MUSEUM」を発案、運営。’13年毎日デザイン賞受賞。
※日々の活動や考えを発信中。
メールマガジン(http://www.nagaokakenmei.com)
note(https://note.mu/nagaokakenmei)
ナガオカケンメイさんは、デザイン活動家だ。
と言われても、ナガオカさんを初めて知る方は「デザイン活動家って何?」となるかもしれない。もともと知る方は「しっくりくるね」と頷くだろう。そして知っているか否かによらず「とはいえ、活動家って穏やかじゃないねえ」と思うのは私だけだろうか。
ナガオカケンメイさんは、デザイナーだ。
「時代や流行に左右されることのない普遍的で優れたデザイン」を意味するロングライフデザインを提唱する。「もの」が好き。「もの」の産地が好き。土地の産業の仕組みをデザインし、継承されてきた文化や工芸技術の継承を健全に持続させる仕事をしている。だが、これだけでは何かが足りない。
何がどう活動家なのか。それだけではない何なのか。ナガオカさんに話を聞いた。
D&DEPARTMENT TOKYO 外観
世田谷区奥沢のD&DEPARTMENTに行きたければ、東急大井町線の九品仏駅から歩くのが近い。近いと言っても、東京都内の感覚では決して便利とはいえない距離を歩くことになる。小さな駅を出て、商店街を抜け、さらに歩く。その先に、D&DEPARTMENTがある。白い壁に、よく育ったユーカリの木の葉の影が揺れていた。
開口一番に聞いた。デザイン活動家って、なんでしょうか?
「嫁に、その肩書は恥ずかしいからやめなさいと反対されたんですよね。一度名乗って、やめて、でも他に言葉がなく3年ほど前から、また名乗るようになりました」と笑ってから、ナガオカさんは腕組みをした。
「僕は専門性が何よりも苦手なんです。もともとグラフィックデザイナーですが、そう名乗るとグラフィックデザインに特化してないといけません。
デザインは大好きだけれど、専門性を度外視し、いち生活者として、デザイン市場をずっと見て考えてきました。すると自分の専門的なスキルは関係なく、デザイン市場に欠けているものに気づくようになります。それをやるために、デザイナーという肩書きが邪魔だった。だからデザイン活動家と名乗るようになりました。バリバリのデザイナーから、伝統的なものをつくる人たちまで、ものづくりをする人を心配し、こういうことがあったらいいんじゃないのかな?と考え、行動する人がもう少し増えないといけないと思うんです」
そして、しばし悩んでから「町医者みたいなイメージかも」と言った。
「これデザインかどうかわからないんだけれど…、というところから相談にのれる、町医者のイメージかもしれません」
たしかに医療の現場は、専門医(スペシャリスト)ばかりではない。町のお医者さんもいれば、ゼネラリストでありスペシャリストでもある総合医もいる。「何科にいったらいいか分からないけれど」と相談してくる人、困りごとのある人の受け皿となり、健康な状態への道筋を立て、しかるべきスペシャリストにつなぎ、時に伴走する。それがナガオカさんのお仕事なのだろう。
そんなナガオカさん率いるD&DEPARTMENT PROJECTが、韓国・済州島(チェジュ島)に来年春、ホテルをオープンする。
ホテルは昔からやりたいと考えていた、というナガオカさん。
「D&DEPARTMENTはもともと、『机ではなく、机のようなものを売ろう』というコンセプトで始まりました。その考えは一貫していて、ホテルも『ホテルのようなもの』をつくりたい。
長く泊まってもいい。短く休憩してもいい。色々な国や人種の人が集まり、何にでも使える『ホテルのようなもの』になれば」
ホテルへの憧れには、映画『バグダッド・カフェ』の影響もある。砂漠を走る国道沿いの、モーテルのイメージだ。辺鄙な場所にあり、人生の様々なフェーズの人々が、思い思いの時間をそれぞれに過ごす。映画のテーマ曲「I’m Calling You」が、頭の中でゆったりと流れ始めた。
「ホテルではありませんが、この店舗も、そんな雰囲気にしたかった。フラッと立ち寄る場所にしたいからカフェは必須。店の前を通る道、以前は駐車し放題だったんです。東京の外れの環状線沿いにあり、渋滞もなく、車で店の前に乗り付けて、バン!とドアを閉め勢いよく店に入ってこられる店でした」
思わずエントランスの方を見た。ガラス扉の向こうには、環状八号線が走る。「今では考えられませんが」とナガオカさんは笑った。
「d design travel」2019年10月には26冊目(=都道府県目)となる香川号が全国発売になる
ホテルについてひっかかることがある。なぜ第1号が、韓国の済州島なのだろう。ナガオカさんは、日本国内にあるその土地ごとに長く続く「個性」や「らしさ」を選出して伝えていくガイドブック『d design travel』を発行、47都道府県の魅力をよく知る人だ。日本国内で、ホテルの候補地を見つけることもできたはず。
「我々は直営はやりません。土地に根付いたものを健全に持続させるには、土地に住む人たちの手で、土地に長くつづいているものを紹介、販売してく必要があります。
D&DEPARTMENTはそれを実現するための仕組みなので、私たちはその手伝いをするんです。店舗展開はフランチャイズが基本です。商売をしたいわけではないからです。やりたいと手をあげてくれた人が、たまたま済州島に。どうせお店をやるならホテルも、ということになりました」
「場所や形態は何でもいいんです。水族館でも野球場でもいい。そこに行くとその土地に続くものが見れたり買えたり、交流できればいい。宿泊をきっかけに、済州島をゆっくり観てもらいたい、というところから始まりました」
土地ごとに、根付く「もの」とその周辺にじっくりと向き合い、日本だけでなくアジアも巡るナガオカさん。その目から見て、47都道府県に通じる日本らしさはあるのだろうか。
「島国であることは、圧倒的に影響しています。僕は北海道生まれで、沖縄が大好き。どちらも昔は日本ではなかった土地です。北海道はアイヌだし、沖縄は琉球王国。沖縄に住む古い人は、アメリカも嫌いだけれど日本も嫌いと言う方もいると聞きます。それって、沖縄っぽいなと思うんです。でも、少し俯瞰してみると、日本全体にも同じことが言える。島国で、地続きではよその国へ行けない。鎖国していた時期もある。そんな国だからこそ、生まれる文化はあると思うんです」
日本は1639年から1854年にかけて、鎖国政策により外国人の来航、日本人の出入国を制限した。国全体が壮大な引きこもり状態だ。その期間、日本の文化は独自の方向に開花した。
「うちにこもり、ひたすらやり続ける。そこから生まれる緻密なものや工芸がある。今なら他の県からもってこられるけれど、それがない頃は、皆が土地ごとに、手近な素材で凄い精度の高いものをつくりました。柳宗悦が『その土地でとれたものでつくりなさい』と言いましたが、まさにその通り。その結果、竹の産地に行けば徹底的に竹を使い『それも竹をでつくる?!』みたいな竹への執着があり、布を織る地域は布に執着がある。土地ごとの極みみたいなものは、日本らしさと言えるように思います」
「しかし最近はその極みもボヤけてきています。新幹線やネットで伝統工芸が買える時代になったとき、終わったなと思いました」
終わったな、としながらも、ナガオカさんの活動が支えようとしているものこそが、土地ごとの「極み」であり伝統工芸ではないだろうか。
D&DEPARTMENT TOKYO店内
カリモク60のソファ
黒丸の数字には「もの」が生まれてからの年月を記載されている
交通もネットも発展し、各地のものを手軽に購入できるようになったとして、対価を支払うのだから産地の生産者もハッピーなはず。今までそう考えていたが、必ずしもそうはならないらしい。ナガオカさんは、北海道の民芸品を例に教えてくれた。
「木彫りの熊を見たことがありますか?」
交通の発展で北海道旅行が流行りだした1920年代から1930年代、お土産として木彫りの熊が大流行した。もともとはアイヌ民族が木彫りの技術と、当時の統治者がスイス旅行から持ち帰った木彫りの熊のアイデアが融合し、生まれたものだと言われている。
「伝統工芸を作る人たちは、大量生産で儲けたかったわけではありません。しかし観光が一時的に盛り上がり、昔ながらの方法でつくる時間がなくなりました。もともとは墨を何重にも塗り込んで、マットな黒色を出していたものを、ラッカーで着色するようになりました。それでも売れました。しかしひとしきり儲かった後に『俺たちがやりたかったのはこれだろうか』と自問する時がきます。その頃には、生産者たちは疲弊してしまっている。日本人が日本を消費してしまっているんです」
D&DEPARTMENTがネット販売に頼る売り方に消極的な点はここにあるという。同社では、産地の需要を狂わせることのないように、取り扱う各地のものを、産地の適正な生産体制が保たれる数だけ発注している。そこまでして、各地の「やり方」を守るのはなぜだろうか。
「応援したい、がまずあります。各地の色々な人たちの仕事を、立地のいい場所で紹介しつつ、同時に売れすぎないようなコントロールをする。売れればよいという話ではなく、その人たちが健やかに暮らしつづけられるようにです」
「だって、それまでの生活を狂わせて、深夜まで仕事場で作業してまでつくらなくてはいけないなんて、おかしいことでしょう。そんな状況にならないように、本当に欲しいという人には『本当にほしい?』と確認しながら売れるのが一番いい。ネットや東京のセレクトショップで買うのではなく、その土地で買ってほしいんです。皆がそうなれば、本当に欲しい人にだけ、ものが渡るようになります。それはつくる人のファンを増やしていくことにも繋がります。急激にではなく緩やかに、ファンを増やしたい。商売がしたいのではなく、そういった活動がしたいんです」
直近の著書『LONG LIFE DESIGN 1 -47都道府県の健やかなデザイン-』(D&DEPARTMENT PROJECT刊)と『つづくをつくる-ロングライフデザインの秘密-』(日経BP 刊)
「セレクトショップは、もう終わってる」とナガオカさん。大抵のものはネットでたどり着き、入手できてしまうからだ。それに加え、価値観にも変化があった。
「昔は「もの」から入れば、「こと」にたどり着けると思われていました。『この漆椀さえ買えば、自分の暮らしが豊かになるのでは?』と。でも、そんなことはないよね。普段の生活に漆椀が加わっただけで、結局使われず、食器棚の奥に仕舞われてしまう」
「いまは“もの”の中の“こと”性に価値が生まれています。これからはものとことの価値が逆転し、ことにこそ価値があり、ことをするにはどうしてもものが必要だ、となるのでしょうね」
2019年6月、カフェが「dたべる研究所」にリニューアルした。47都道府県の食文化を味わえる食堂 、生産者と一緒に食卓を囲みながら学ぶ勉強会など、食のロングライフデザインを研究する場になる
だからこそ「今は路面店の役割を見直しているとき」だという。
「ものが好きだから、最終的にはものに行ってほしい気持ちはあるんです。そのためには“もののまわり”をまず知り、漆椀ならば、お味噌汁のつくり方とかを紹介する。そして『本当にほしい?』『欲しくなった?』といって売り買いする。これならば、“もののまわり”のこともちゃんと届けることができます」
その順序なら、無駄な買い物もなくなる。
「だから世の中に、正しく回るようになります。その意味で、これからすごくいい時代になっていくんですよ。それでも、ものをつくる人はものを買わせようとしてきます。それは、これからも変わらないでしょうね」
何を買うか。買わないか。それはこれから私たちが、もの、ことに触れながら、考えていくところなのだろう。5年後、10年後の世の中に「デザイン活動家」か、それに値する一般名詞があってほしい。その時はきっと、ナガオカさんのいう「すごくいい時代」になってるはず。インタビュー後、ショップで目にはいるものはどれも、「こと」をまとう「もの」に見えた。
ナガオカケンメイ
デザイン活動家・D&DEPARTMENTディレクター
1965年、北海道生まれ。
1997年ドローイングアンドマニュアルを設立。2000年に、これまでのデザインワークの集大成としてデザイナーが考える消費の場を追求すべく、東京・世田谷にデザインとリサイクルを融合させた新事業「D&DEPARTMENT PROJECT」を開始。
現在「D&DEPARTMENT PROJECT」は、すでに世の中に生まれたロングライフデザインから、これからのデザインの在り方を探る活動のベースとして、地域と対話し、「らしさ」の整理・提案・運用をおこなっている。直営店の東京・富山・京都ほか、パートナーショップの北海道・埼玉・山梨・鹿児島・沖縄・韓国ソウル・中国黄山の計10店舗が活動中。2020年春に韓国チェジュ島にホテルの機能をもつ新たな形態の拠点をオープン。
2009年より、日本をデザインの視点で案内する県別のガイドブックシリーズ『d design travel』を刊行。
2012年より、日本の47都道府県の「らしさ」を常設展示する、国内初の地域デザインミュージアム「d47 MUSEUM」を発案し、併設するストアと食堂と連動して47の「らしさ」を発信する「d47」を、渋谷ヒカリエにて運営。
「2013毎日デザイン賞」受賞。
主な著書に『ナガオカケンメイの考え』『ナガオカケンメイのやりかた』『ナガオカケンメイとニッポン』『デザイン物産展ニッポン』『DESIGN BUSSAN 2014』『もうひとつのデザイン ナガオカケンメイの仕事』『つづくをつくる』など。