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12
2024
STORY - HANDS
Nov. 30, 2022
見えないものを可視化する、
プロセスとしての“陶芸”
現代美術家 鈴木 希果
writer naoko fukui
photographer yuba yahashi
(クレジットがあるものを除く)
Workshop Photos naomi kakiuchi
editor naomi kakiuchi
この記事はART ARCH ASHIKAGA-OUR ART PROJECT-です。
プロジェクト詳細についてはこちらをご覧ください。
現代美術家 鈴木希果さん。
「陶芸」をテーマに活動するアーティストだ。「陶芸」と聞いて、器を作ることをイメージしながら鈴木さんの作品に触れると、少し驚くかもしれない。
あるときの展示会場に水を讃えた台形の山と土を敷き詰めた空間が現れる、またあるときは人がすっぽり入るサイズの洞穴が、そしてあるときは土でできた船が天井から吊るされている。陶芸作品を制作している、というよりは、土とともにあるあり方を模索しているように見える。
2021年10月に東麻布で開催した個展「PARADIGM SHIFT」展示風景(写真提供:鈴木さん)
「プロセスとしての“陶芸”をテーマに、土(または自然)と日常をどうつないでいけるかということを考えて作品を作っています」
そう話す鈴木さんが足利で行った「ヤギPoo陶芸プロジェクト」もまた、ただの陶芸ワークショップではない、という、一風変わったプロジェクト陶芸ワークショップだったという。
今回鈴木さんに、足利で開催したワークショップのこと、そしてご自身の作品や「プロセスとしての“陶芸”」に、これからについて話を聞いた。
2022年春に「大久保分校スタートアップミュージアム-TSUCULIE-」が誕生し、今、アートの街として注目を集める栃木県足利市。2018年から取り組んできたイベントに「あしかがアートクロス」がある。市内の美術館や古民家などを舞台に、参加者が街歩きを楽しみながらアートに触れ合えるイベントだ。2018年、2019年、2021年(2020年は新型コロナウイルス感染拡大の影響で中止)とこれまで3回開催された「あしかがアートクロス」。2022年は街歩きイベントは実施されなかったが、スピンオフ企画として10月にワークショップが開催された。
「ヤギPoo陶芸プロジェクト in 足利 ヤギのニーニとメェメェ陶芸」は、現在、鈴木さんが在学している、東京藝術大学の取手キャンパス内で行っているプロジェクトがもとになっている。
ワイナリーで飼育されているヤギのニーニ
「ヤギPoo(プー=フン)を使って、器を作り、生活に取り入れる。自然から食卓までのひとつながりの流れを感じる、体験型のアートプロジェクトです。いつも私たちが食卓で使っている器も、もとは山から掘り出した土でできています。そしてその土は、自然で暮らす動物の排泄物を含み、たくさんの微生物や菌の棲家でもあります。自然から生活圏への流れを可視化し、自分自身もその流れの一部であることを実感することがこのプロジェクトの目的です」
取手では、キャンパス内で飼っているヤギの小屋の土や、フンを使っているという。
その土地の素材を使いたいという思いから、今回は足利市バージョンとして、今春誕生した街の文化拠点「大久保分校スタートアップミュージアム」(旧大久保分校)の校庭の土を使い、足利市でワインを生産する「ココ・ファーム・ワイナリー」で飼っているヤギのニーニのフンや、ワイン造りのときに出るぶどうの果皮や種、足利市の樹木を装飾に用いた。
ワークショップ中に樹木も採取
樹木を装飾にして。
大久保分校の校庭の土を掘りワークショップの粘土として使用した
取手では小屋の土に陶土を混ぜたものを使っているが、今回は、大久保分校の校庭で掘った土のみで器を成形したのもチャレンジのひとつだ。
「事前にフィールドワークに訪れた際に、校庭の土をスコップで掘り返して、持ち帰って試作しました。いわゆる陶芸用ではない土が形になったところまでは良かったのですが、いつも使っている電気窯で焼成すると温度が高すぎて土が溶けてしまうことがわかって。それで、野焼きをすることにしました」
野焼きとは、屋外で火を焚いて焼成すること。大久保分校の土が熱に弱かったことからイベントがひとつ増え、参加者は土を形にするところから火を使って焼くところまで、ひとつながりに感じられるワークショップとなった。
参加者の反応としては、「人間も自然の一部であることを感じられた」「癒やされた」という声が印象深かったと鈴木さんは話す。
ワークショップで完成したヤギPoo陶芸の器
「自分が生まれ育った土地の土に触ること自体が、ヒーリングにつながるのかなと感じました。また野焼きをすることで、炎の熱さなども体感することができたかなと。器ってどこかから買ってくるもの、というイメージがあるし、陶芸って多くの人にとってそんなに身近なものではないと思うんです。誰かがとってきた土を、誰かが運んできて、誰かが作って、誰かが売っている、みたいな。でも身近にある土を使って器をつくることができる。これまで見えなかったプロセスが見えて、山や自然、動物のフン、そういうものがあるうえで生活が成り立っているということが感じられるワークショップになったんじゃないかなと思います」
2022年10月のワークショップ開催日までに、何度かフィールドワークとして足利を訪れた鈴木さん。市内の美術館を訪れたり、陶芸をしている作家さんに話を聞きに行ったり。その中でもココ・ファーム・ワイナリーと出会えたことが、このワークショップを実現させる大きな鍵だった。
「ヤギがいるので、とにかくヤギに会いにいこうとココ・ファーム・ワイナリーを訪ねてみたら、陶芸の部屋があることがわかったんです」
障害者支援施設「こころみ学園」を母体としたワイン醸造所である、ココ・ファーム・ワイナリーには、電気窯を備えた陶芸部屋がある。ワインの醸造も野生酵母による発酵が中心だ。
そしてヤギのフン、陶芸部屋、ワークショップに必要な要素がここですべて揃った。
また例年の収穫祭にはアーティストが制作した記念ラベルのワインを発売するなど、アートに造詣が深いワイナリーだったことも、今回の企画を後押しした。
ワークショップの前にはココ・ファーム・ワイナリーの見学ツアーを開催
大久保分校で実施した野焼き翌日、完成した器を取り出すワークショップ参加者の方々
足利市の地域おこし協力隊員で、今回のワークショップの運営に携わった島田さんは、ワークショップを通した出会いを振り返る。
「ワークショップは、その場限りのイベントというイメージがあるかと思うのですが、今回のワークショップは、点と点が線になったような印象が強かったです。野焼きをするときも、色々と道具が必要なところ、地域の人が貸してくださったり。薪も、足利の名草地区から持ってきていただいたりしました。地域の複数施設や個人の人々、いろんな方の力があってこのワークショップが成立したような印象があって、それはこれまでに体験したことがないことでした」
野焼きの前、薪を割るために地域の方から斧を借りた。するとその方が、キャンピングカーに食材を積んでやってきて、みんなで大久保分校の校庭でBBQを楽しむことになったのだそう。そうやって地域の様々な人の力が引き出され、思いがけないイベントが自然発生的に起こる状況が、ワークショップを通して生まれた。
ワークショップを実施したアーティスト・鈴木希果さんは、現在東京藝術大学美術研究科グローバルアートプラクティス専攻に在学中だ。焼き物のほか、土そのものを使ったインスタレーション作品も発表している。
「土がやってくる元々の山や自然と生活をどうつなげていくか。つなげていくときに、陶芸がどう媒介となって介在することができるかということをテーマに作品を作っています」
鈴木さんが陶芸に出会ったのは、小学生の頃。お母さんの影響だった。
「私が小学生の頃に母が趣味で陶芸を始めて母の共同アトリエに、私も一緒に通っていたんです。そこで粘土遊びをしたり、ろくろを使ったり。暇さえあれば土いじりをしていました」
鈴木さんの両親は共に美術系の仕事をしている。幼い頃からアートに触れる環境があることで、すんなりとその道を志すようになったのかと問えば、そうでもないという。
家庭環境に反抗するように、小学生の頃はドラマで見た「OL」に憧れていた時期もあったのだと笑う。
「でもやっぱり図工の時間が好きだったし、勉強よりもこっちかなって。そこから中学は女子美術大学付属に進学して、どんどん美術系の道に進んで行きました」
美術系の学校で中高校時代を過ごすも、当初はデザインを専攻したいと考えていた鈴木さん。高校時代の夏休み、イギリスの美術大学、Central Saint Martinsのショートコースに通ったときに、履修したアートのコースが面白く、やはり自分は立体アートがやりたいと気付いた。それから陶芸を専攻して歩んできた。
そんな鈴木さんが、これからもアーティストとして活動していこうと決めたのは、ここ2年ほどのことだ。きっかけのひとつは、2020年。信楽焼で有名な滋賀県甲賀市信楽町にある、滋賀県立陶芸の森で3ヶ月間滞在制作を行ったときだった。
「陶芸の森で、おじいちゃん陶芸家の方と一緒になって話す機会があったんです。そのときに、人生論などを熱く語ってくださったのですが、『アーティストっていいんだよなぁ』ということをおっしゃっていて。その方の瞳を見たら、作家で良かったということを切実に感じてらっしゃるんだなということが伝わってきました。それから、ちゃんと覚悟を決めて作家になってもいいかもと思うようになりました」
そうして「作家とはいいものだ」と語ってくれる、先輩作家の瞳。さらに、2021年の個展を開いたときにもうひとつ背中を押された経験があったという。
「3年前に開催したグループ展に来てくれた方が、こちらからは何もお知らせしていないのに、個展に訪れてくださったんです。
3年前、その方は心がくじけそうだったそうなんですが、私が作品の説明をするのを聞いて、すごく元気づけられたのだとか。そのときに、形のないものでも、私の作品を通して意思は誰かに届くんだと感じました。これからも誰かの心を動かすような芸術活動をしていきたいなという思いが、そのとき芽生えました」
ここ2年の間の心動かされるできごとに触れて、今まさにアーティストとして歩んでいこうという鈴木さん。現在の作風にたどりつくまでには、どんなきっかけがあったのだろう。
1つ目のターニングポイントは陶芸に出会ったのと同じ、小学生の頃だった。
「理科の授業で、人は細胞でできているんだという話を聞いて、ものすごい衝撃を受けたんです。『私はこういう形だ』と思って見ているけれど、実際はそうじゃなくて、目には見えていない小さなつぶつぶでできている。それが私には見えないんだっていうことをその時に知りました」
以来、その衝撃を手放さないまま大人になった。それが今でも作品になっていると語る。
「私が扱っている土も、実はいろんなものの集合体なんですよね。目に見えない微生物もその中で生きている。陶芸をやっていると、乾燥度合いなどで、カビが生えてしまうこともある。そういう目に見えないものたちの状態を感じながらつくる。そういう意味で、土を素材として扱っているということが私にはしっくり来ています」
もう一つ、現在の作風にたどり着くまでのターニングポイントは、アーティストを志そうと決心するきっかけとなる先輩作家に出会った、滋賀県立陶芸の森への滞在制作のときだ。
それは、東京でずっと育ってきた鈴木さんが、はじめて体験する地方での暮らしだった。
「信楽は、田舎なんだけど、観光地でもあるので、開発されているんです。森が切り開かれて造成地になっていたり、山を切り開いてソーラーパネルが立っていたり。そういう風景を見て、自然を開発して、人間の都合の良いように作り変えている様子に違和感を感じました。一方で私が手掛けている陶芸も、山から土を持ってきている。そして、一度焼いたものは長い年月をかけないと自然に戻ることがない。今、環境破壊などが問題になるなかで、陶芸をやっていくことへの罪悪感を感じたのが、そのときでした」
どこか知らない山を傷つけて持ってきた土を使って作陶する、本当にそれでいいのだろうか?
その逡巡が、見えないものを視覚化し、自然と生活圏をつなぐ、「プロセスとしての“陶芸”」へ向かうきっかけとなった。
そうした「プロセスとしての“陶芸”」という背景を持ってしている活動のひとつである、「ヤギPooプロジェクト」が、足利の地域の施設や人々をつないでいったことを考えると、これはただの偶然ではなかったことがわかる。
現在、鈴木さんは、修了制作の真っ最中。どんな制作を行っているのだろう。
(写真提供:鈴木さん)
「プロセスとしての陶芸というところを踏まえて、今まで作品制作に使っていた陶土のルーツをたどるために、岐阜県の多治見で粘土を採取している原土山を見学しに行って、お話を聞いてきました」
通常、原土山に入ることは出来ないが、岐阜県瑞浪市にあるカネ利陶料さんのご協力頂き、原土山に行くことができた。
これまではオンラインでボタン一つで購入して、ただ届くのを待っていた粘土。そのルーツを訪ねることで、感じることが多かったと話す。実際に原土山を掘り出しているところを見ると、大きなクレーンやシャベルが動いて、山がえぐられ、たしかに自然が破壊されているように見える。しかし、作業をしている方の話を聞いて印象は大きく変わったのだそう。
「ジュラ紀以前から現在までに至る全ての生命が腐敗し分解され大地に浸透てきたその光景を見たり、カネ利陶料さんから、この土がどれぐらいの月日を重ねて今の状態になっているかというお話や、土地の歴史を聞かせていただいて、山への敬意を持って作業していることがわかりました。それを、私たち作家が一瞬の炎で作品化するということに対して『意味を見出してほしい』と語られていた言葉も印象的でした」
山から土を採掘して届けてくれる人たちの現場を目の当たりにして、土が手元に届くまでの、これまで抜けていたプロセスを体感した。罪悪感が解消したとまでは言い切れないが、少し世界の見え方が変わったように感じたのだそう。修了制作では、この流れを作品として体現化したいと考えている。
「大学の美術館の中で実施するので、微生物がいる土そのものやフンを持ち込むことが難しい。そうしてダメとされているものをどう作品化して、流れをみせていくかというのを体現していきたいなと思っています」
作っているもののひとつは、野焼きの窯の作品化だ。見学に行った原土山そのままの土(粘土にする前の状態のもの)を購入し、鈴木さん自身で砕いて粘土にし、野焼きの窯を作っている。窯と、原土山に行った経験を中心に派生した作品などを展示する予定だ。
今後も作品制作や、ワークショップなどの体験できる場を開くことで、「プロセスとしての“陶芸”」を体現していきたいと鈴木さんは考えている。
「私のアート活動を通して、自然と日常生活がつながっているということをみなさんに感じてもらうことを今後もしていきたいです」
自然を加工する行為である陶芸。その陶芸を通して、日常生活から自然へどのように還元していけるのか。物理的に返していくことはまだ難しいが、人々の意識にアプローチすることがその一歩ではないかと鈴木さんは話す。
「日常生活が自然とつながっていることや、人間がその流れの一部であることを本当の意味で実感することが、第一歩だと思っています。どんなに『環境が』とか、『SDGsだ』とか言っても、それが消費されるだけの言葉になっては響かないですよね。まずは、これまで当たり前だと思っていた日常、人の感情や考えを揺さぶることが、私の芸術活動にできることかなと思っています」
「ヤギPoo陶芸プロジェクト in 足利」は、足利の土やヤギのフンなど、土地にあるものを使うことで自然と生活圏を近づけるだけでなく、そのワークショップを開くまでの過程で、地域にもともとあった施設や微生物、動物、地域の人の持ち物、人々の力など様々なものを引き出し、つなげた。鈴木さんは「見えないものを扱っている」と話してくれたが、地域の関係性や、そこに眠る力も、見えないもののひとつだろう。
これからも「プロセスとしての陶芸」は、自然や人の力を引き出し、世界をダイナミックにつないでいく。
<展示情報>
第71回 東京藝術大学卒業・修了作品展
2023年1月28日〜2月2日予定
あしかがアートクロスにて、「ヤギPooプロジェクト in 足利」の記録展示。2023年5月
「ヤギPooプロジェクト in 足利」で鈴木さんが制作した器の販売予定。
鈴木 希果/Kika Suzuki
1998年生まれ、東京都渋谷区出身。現代美術家。多摩美術大学工芸学科陶専攻卒業。現在、東京藝術大学美術研究科グローバルアートプラクティス専攻在学中。2020年に滋賀県立陶芸の森アーティストインレジデンスにて3ヶ月間の滞在制作を行う。自然と都市の分断を繋ぐ媒介者としての“陶芸”に強い関心を持ち、「プロセスとしての“陶芸”」をテーマに作品制作やアートプロジェクトの企画をしている。プロセスとしての“陶芸”を介して「自然と都市」、「土と人」、「生と死」という不可視な関係性を複層的な視点で捉えた活動を行なっている。
Website: http://kikaart.com
Instagram: https://www.instagram.com/kika_suzuki_art/
《Drawing “Goat Poo Ceramic Project in Ashikaga》2022、210×297mm、Soil paint on paper
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KUJI 応募期間:2023年2月28日 23:59まで
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