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STORY -

  • Jan. 27, 2022

  • 他者との融合への憧憬を、
    イメージの重なりに込めて

  • 現代アーティスト 倉敷安耶

  • writer fumika tsukada
    photographer yuba yahashi
    editor naomi kakiuchi
    撮影協力:myheirloom

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この記事はARTIST FILE-OUR ART PROJECT-です。
プロジェクト詳細についてはこちらをご覧ください。

『そこに詩はない。それは詩ではない。』個展会場にて。
撮影協力:myheirloom

倉敷安耶さんの名前は「あーや」と読む。本名だ。アーティストで、犬が好きで、料理を作ることが好き。2021年12月、倉敷さんの個展『そこに詩はない。それは詩ではない。』が、myheirloom(千代田区)で開催され、新作5点と「grave」というシリーズから1点が紹介された。

 

会場で、まず目に入るのが『Grave #15』という平面作品だ。赤を基調とした抽象画に見えるが、目を凝らせば何かの輪郭線をつかめそうな気がする。表面は凹凸しているけれど、油絵の筆致ではなく、淡い光を含んだ艶がある。

《Grave #15》 2019年

「メディウム転写という技法です」と、倉敷さんが教えてくれた。

 

作品の厚みは、65㎜。重たそうですねと言うと、「けっこう重いですよ」と笑顔をみせた。「素材が御影石なので、こちらもわりと重いです」と、対面する壁の3点を指し、「こっちは、もっと重いです」と奥に続くスペースに目を向けた。その先に、アスファルトの塊があった。こちらは、重さ58.3㎏。それはコンパクトな展示空間に潜む、永遠への祈りだった。作品を通して、他者と融合したいと語る倉敷さんに、話をきいた。その手法とは。思いとは。

個が融合して全体となり、全体の中それぞれ個でもある

 

倉敷さんが、転写による制作をはじめたのは2016年頃。油絵科の先輩が下絵に使うのをみて興味を抱いた。今では「一番極めたいスキル」だという。

 

土台の木製パネルに布をはり、下地を塗る。そこに、アクリル樹脂系のメディウムをのせる。アクリル絵の具などと混ぜてつかう溶剤だ。メディウムの上に、写真を印刷した紙を被せ、完全に乾燥させる。乾いたら水に濡らす。

 

「紙は水に弱いので削ぎ落されますが、紙に印刷されていたインクはメディウムに定着し、転写されて作品に残ります。メディウム自体に厚みがあり半透明なので、インクは少し透けてレイヤー性のある状態になります。物質が、物質という壁から少しだけ遠のくような印象を受けました

 

転写する写真は、デジタル上でコラージュする。『Grave #15』では、実家の2匹の愛犬や、愛犬たちと散歩をした風景、教会などのスナップ写真を使った。犬の名前はアンとラズ。アンは2021年に亡くなり、ラズもあとを追うように亡くなった。

「ラズの首輪につけていた鈴をスマホにつけてるんです」と見せてくれた。

「このシリーズでは、私が撮ったスナップ写真を使っていますので、私が過ごした時間を切り取り重ねている、ともいえます。製作の過程でノイズやスクラッチを加えるので、全体としては1つの抽象的な絵に見えますが、その中で、1枚1枚の写真が個としてたしかに存在しています。個でありつつ、同時に個が全体でもあり、作品全体もまた1つの個という状態です」

 

その創作意図の根底には、「他者と融合したい」との思いがある。

 

「自分と他者は別物です。身体という物質を所持しているがゆえに、絶対一つにはなれません。どれだけ親しい人も他者であり、いつかは死に別れます。肉体は、性別や国籍などでカテゴライズされ、さらに分断を深めます」

 

他者とは1つになれないことを前提に、他者との融合の道を模索する。1つの可能性を見い出したのが「死」だった。

 

「死んだら、ただ生命活動が止まり、終わるだけかもしれない。でも、死をきっかけに身体を失うことに、融合の可能性があるようにも思う。『できるなら融合したいな。現実にはない気もするな。でも本当に融合できるとしたら、ちょっと怖いけれど救いになるかもしれないな。』と両方の思いの間で、もがき、揺らぎながら制作しています」

 

その過程は「ちょっと信仰っぽいな、とも思っています」と倉敷さん。

 

もし私にとっての涅槃(*)があるなら、個の存在を抜け出て、他者と集合体になるけれども、確実にそこに個の存在もある状態。それを作品にしたいんです

 

*涅槃(ねはん)・・・人間が持っている煩悩・本能から解放され、一切の悩みや束縛から脱した寂静な最上の円満状態のことを指す。安楽の境地

『そこに詩はない。それは詩ではない。』展示風景

自分と他者は別であること

 

1993年、兵庫県で生まれた。絵を描くことが好きな子どもだった。

 

「色々なケーキをドレスに例えて絵にしたり、アニメのグッズの構想を描いていたり、間取り図に理想の家を描いて遊んでいました。絵を描く行為そのものより、空想で頭の中のイメージをビジュアルにできることを楽しんでいました」

 

絵は得意だったが、「周りと調和をとることが苦手だった」と振り返る。自分が“個”だと意識するのも、その頃のこと。

 

「両親は、当たり前に健康に生きていましたが、私はしばしば『いつかお父さんもお母さんも死んでしまうんだ』と考え、すごく悲しくなりました。漠然とした孤立感がありました」

 

そして学校では、自分と他者は、同じではないと知る。

 

「教室で消しゴムを拾ったんです。人気者の子が拾った時には、クラスで『ありがとう!』『〇〇ちゃん優しい!』みたいな反応が起きたことがあったのですが、私が持ち主に渡した時、『やめてよ』と言われてしまったんです。周りも『可哀そう』みたいな空気になって。その相手が、私を嫌っている子だったんですよね」

 

同じ行動でも、個々の関係性や個のポジションにより、その後に起きる反応はまるで違う。

 

「イヤな相手には何をされてもイヤですよね。子どもの頃、それが全然分からなくて。自分と他者とのズレに強い違和感を覚えました。もちろん、“他者とは……”と、それ以来ずっと考え続けてきたわけではありません。でも、言語化できないままのわだかまりが、私の中に残っていたのだと思います。それを制作において掘り起こしていきました」

《 8 》2019 撮影:中川陽介

あなたの欲求は何ですか?

 

個としての漠然とした孤立感を知り、他者との融合を試みる倉敷さん。これまでに、手ごたえを感じる瞬間はあった。東京藝術大学大学院の修了展で制作した、『8』という複合型の作品だ。

転写されているのは、 ジョン・エヴァレット・ミレーの代表作『オフィーリア』だ。身体部分には、ネット上のポルノ画像の女性の身体がコラージュされている。

 

 

倉敷さんはオフィーリアに、「男性権威の中で、勝手に理想化され、勝手に幻滅されたりする女性のイメージ」を重ねた。

 

「シェイクスピア戯曲『ハムレット』の中で、オフィーリアの恋人・ハムレットは、現王と再婚した母親の浅はかさに幻滅します。それが全女性への幻滅に繋がり、ハムレットはオフィーリアにも冷たい態度をとります。作中からは、オフィーリアの態度に、家父長制に閉じ込められた女性像を見ることができ、Get thee to a nunnery.」という女性の出産、性、貞操に関わるような台詞もあります。“無垢であり、無知・無力な女性”といったイメージが押し付けられ、女性への理想像の中で、勝手に幻滅されます。不幸をも儚げな美しさとしてコーティングされ、川に「転落」死した可哀想なオフィーリア。それを、社会から「転落」した可哀想な女達=セックスワーカーに重ねました」

 

倉敷さんは、転写による平面作品を創作のメインにしつつ、そのストーリーを繋ぎ、語るための立体作品やパフォーマンスも手がける。その意味で、ナラティブな創作活動を志向するアーティストといえる。

 

「インスタレーションでは、鑑賞者と直接対話をするパフォーマンスをしました。とても近い距離で私の質問に答えてもらい、逆に相手からも質問してもらって。初対面の人が、胸のうちを明かしてくれたり、墓場までもっていくつもりだったという話を聞かせてくれたり。初対面の他者に対する距離感を超えられたとき、少し、断絶を超えられたような気がしました

その発表から半年ほどたった頃に、ネット上で『8』の感想を見つけたことも記憶に残っている。

 

「私の作品のことを、観てから半年間何となくずっと考えている、という感想を見つけたんです。投げかけたことが、少なくともその半年間、他者の人生に介入できたんだと感じることができました

 

修了展に向けた製作期間中は、悩むこともあったという。そんな時、恩師・小林正人(東京藝術大学美術学部教授)さんの言葉が助けになった。

 

“お前の欲求は何なんだよ”と質問されたんです。“お前がしたいことは何なんだ”と、訊かれたら、表層的な記号でしか考えられなかったと思います平面絵画が描きたいとか、モチーフに身体(ヌード)を扱いたいとか、人前で格好良く見られるような美しいものを作りたいとか。『欲求』となると根本的に振り返り、見えてくるものがあります。そぎ落としができるようになりました。今でも大事にしてる言葉です」

 

その時の倉敷さんの欲求は、「鑑賞者を自分の中に取り込みたい」。出来上がった『8』は、天井が吹き抜けの囲(箱)型で、鑑賞者が中に入れる巨大な作品となった。物理的に鑑賞者を取り込み、作品の中で他者と対話し、“融合”に触れた。

左から《L'éternité pour Anne》2021 /《L'éternité pour Raz》2021 /《L'éternité pour Aya》2021

《AMRITA/方舟 58.3kg》2021

アン、ラズ、安耶、マイナス21g

 

myheirloomでは、展示スペースを1つの墓標とし、倉敷さんと、愛する他者が、ひとつになる「古墳」を意識したという。

 

はじめに「わりと重い」と紹介された御影石の3作品は、『L’éternité pour』。ダブルチャートのホロスコープになっている。それぞれが愛犬のアンと、ラズと、倉敷さんを表し、内側のチャートはそれぞれが生まれた日の星の配置。外側は亡くなった時間。倉敷さんの盤だけが、今も動き続けている。

 

そして58.3kgのアスファルトは、『AMRITA/方舟 58.3kg』という作品だ。

「人間は死ぬと、発汗作用の影響で体重が21g減ります。犬は体表に汗をかかないので、死んでも体重は変わりません。このアスファルトは、私の体重から21g引き、愛犬2匹の体重を足した重さのかたまりです。アスファルトは、大昔の生き物の死骸が変化して原油になり、そこからアスファルトも作られます。私と愛犬2匹の身体が、遠い未来で一緒になったなれの果てです。人間は生きている限り、肉体という物質を所持していて、肉体があるがゆえに、他者とは絶対一つになれません。物質は絶対に越えられない壁です。それを感じる時、私は物質がいかに強いものであるかも感じています。物質がもつ強さへの信頼が、作品の厚さや重さに出ているのかもしれません

Grave(墓)、涅槃、古墳。他者との融合。テーマは普遍的だ。

 

今回は、愛犬の死というパーソナルなテーマですが、自分が今この時代に生きてる人間だから、パーソナルなことも、必ずどこかで社会的なところに繋がりがあると思っています。今後の創作活動では、その接続をより強調していきたいです。たとえば、私たちは、どれだけ近しい存在でも別々の生き物でいつかは死に別れます。作品の中で涅槃を想像し、個々の集合体の涅槃を想像する。そういう作品の問いかけが、誰かの視界を広げたり、空気の通りをよくできたらいいなと思っています」

 

 

キトラ古墳に着想を得たというアスファルトの塊の形状は、安定感があり、可愛らしいものにも思えた。倉敷さんは「お饅頭みたいで、おいしそうな形ですよね」と笑っていた。

 


 

倉敷安耶 / Aya Kurashiki

1993年 兵庫県生まれ。茨城県取手市在住。2020年東京藝術大学 大学院修士課程 美術研究科 絵画専攻 油画第1研究室(小林正人研究室) 修了、2018年 京都造形芸術大学 大学院修士課程 芸術研究科 ペインティング領域 油画専政(大庭大介ゼミ) 修了、2016年 京都造形芸術大学 美術工芸学科 油画コース 卒業。

 

賞・助成等

2021年 公益財団法人クマ財団 継続的な活動支援事業採択 アソシエイツアーティスト受賞 / VIVA AWARD、2020年 入選 / シェル美術賞2020、2019年度 公益財団法人クマ財団 第3期奨学生、2017年 浅田彰賞 / 京都造形大学大学院 芸術研究芸術専政 修士2年生作品展「SPART 2017」、2016年度 – 2017年度 公益財団法人佐藤国際文化育英財団 第26期奨学生

 

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企業メセナ協議会助成認定活動

KUJI応募期間:2/1(火)21:00〜3/25(金)21:00   5/25(水)23:59まで

(展示開催の為、応募期間を延長しました)

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PHOTO GALLEY

《L'éternité pour Anne》2021

《Grave #15》 2019年

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