OUR ART IN
OUR TIME

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STORY -

  • Feb. 12, 2020

  • アーティストは“生き方”そのものである

  • 現代アーティスト
    菅 隆紀

  • writer MAYO HAYASHI
    photographer YUBA HAYASHI
    editor NAOMI KAKIUCHI

快晴の12月某日、凛とした心地よい空気のなか訪れたのは千葉県・松戸市の静かな住宅地。そこにひとりのアーティストのスタジオがある。

 

現代アーティスト・菅隆紀(すがたかのり)氏。

 

菅さんは大学卒業後に茨城へ移り住み、2011年からはこの自宅兼スタジオを拠点に活動している。「土足でどうぞ」と案内された。床には絵の具が飛び散り、所々スプレーを吹いた跡が残っている。壁にかけられたキャンバスやメモ紙、並べられた塗料、木材。作品を傷つけてしまわないかと恐る恐る、足を踏み入れた。

「プロジェクトによってはここでがっつりつくるときもあるし、大きい彫刻は別の場所に滞在して制作するときもあります」

 

スタジオに入るとまず目に飛び込んできたのは、壁一面を埋める幅5メートルもの作品(※)だ。着物をキャンバスに、油絵具で非常に細かい柄を描き出している。

「ART IN THE OFFICE 2016」/菅 隆紀/「Painting on the Kimono」/2016年/油彩、ラッカースプレー、着物、カンヴァス/230 x 500 cm

※2016年、ART IN THE OFFICEにてグランプリを受賞した作品。ART IN THE OFFICEとは、グローバルなオンライン金融グループ「マネックスグループ」が社会貢献活動並びに社員啓発活動の一環として2008年から主催しているプログラム。作品案を公募、選出した作家に賞金を授与し制作費を支援する。/現在、2020年のART IN THE OFFICE作品案を募集中。(応募締切:3/25(水))

 

 

「これは祖母の着物です。あえてそれに描くことでリスペクトを表しています。着物の柄と絵具の隙間から見えるさまざまなもの、向こう側の世界と対話しているような感覚で描きました」

 

会社のミーティングルームで制作・展示されたこの作品。モノトーンな風景やデスクワークのノイズ、来訪者との会話をペインティングに重ねた。ビジネスシーンでアウトプットを刺激する、躍動感ある作品だ。

絵を描くことで“言語”を得た

菅さんが絵を描きはじめたきっかけはなんだったのだろう。

 

「自分の伝えたいことをうまく言語化ができない子どもだったんです。自分の感情をうまく表現できないので、伝えるための“言語”が欲しかった。音楽でも、なんでもいいから表現がしたかったんです」

小学校3年生のとき、担任の先生が「この子は変わっているから、何か描かせたらいいかもしれない」と母親に薦めた。夏休みの絵画コンクールに出品したところ、みごと入賞する。「あ、“言語”を手に入れた」と直感した。

 

人とのコミュニケーションが苦手だからこそ見つけた、アートへの入り口。

 

「中学校に上がっても、授業中はずっと教科書に描いていました。先生に注意されてもやめなかったのは、せっかく手に入れた言語をここで手放すわけにはいかない!と思ったから」

 

高校生になったころには、“将来は絵で食っていきたい”とアーティストになる夢を明確にしていた。長崎で生まれ育ち、大学へ進学するために画塾へ通い基礎を叩き込んだ。一浪して入った愛知県立芸術大学で油絵を専攻し、多くの現代アートに触れた。

現在、ドリッピングを用いて作品を生み出している菅さんだが、なぜその手法に惹かれたのか。

 

「大学在学中にドリッピングには取り組んでいたんです。でも、ジャクソン・ポロック(*1)の影響が少なからず出てしまうから、厳しいなと思っていったんやめたんです」

 

(*1)ジャクソン・ポロック(Jackson Pollock(1912年 – 1956年)は、20世紀のアメリカの画家。抽象表現主義(ニューヨーク派)の代表的な画家であり、キャンバスを床に置いて絵具缶から絵具を直接滴らせる「ドリッピング」(したたらせ技法)や、絵具を垂らす「ポーリング」(流しこみ技法)といった独自のスタイルを展開。彼のそれらの画法はアクション・ペインティングとも呼ばれた。

 

“ヒエラルキーの底辺”に
思えるものに引き寄せられていった

 

大学卒業後、絵で食べていくと決めたものの、スタジオもなく制作活動ができない現実に打ちのめされた。

 

「当時、なにもできていない自分がヒエラルキーの底辺にいるように感じて。道端の犬のおしっこや、ステッカーの傷、グラフィティの上から殴り書きされた相合傘とかコールナンバー……。治安の悪さが目立つもの、汚いと認識されるもの、人が目をそらすような存在に目が向くようになったんです」

 

代表作の「A Blank Sign」シリーズのモチーフも、そこから発展した作品だ。

 

床に飛び散った絵具もひとつの作品のよう

菅さんは鹿児島県の廃校、スカイツリーを背景に、京都府庁旧館、佐賀県の温泉街、ブラジル・サンパウロの日本館など屋外のさまざまな場所で作品を発表してきた。

A Blank Sign “Dripping Project In Koshiki Island” 2012
鹿児島県甑島(こしきじま)で開催された「KOSHIKI ART EXHIBITION 2012」の参加作品。
廃校になる前はここに子どもたちがいたという記憶と画一的な教育を効率的に行う。

A Blank Sign “Dripping Project In Asakusa Komagatado” 2013
GTS(芸大・台東・墨田)観光プロジェクトが主催するアートプロジェクト。
"ササクサス”に参加し、浅草寺駒形堂前に作品を設置した。

A Blank Sign “Sugar Works Dripping In Kyoto”2013
「観桜会2013」の一環として京都府庁旧館に設置した作品。
シンメトリーで神秘的な建物を、幼い頃のいたずら描きや犬のマーキングなどをイメージした構造物で“汚す”ことにより、
この場に対する新たな問いかけを行った。

A Blank Sign “Tower Gate Of Takeo Dripping Project 2017”
佐賀県の武雄温泉にて開催されたアートイベント「MBOROSHI EXPERIMENT」の一環として作品制作を行った。
自転車で散策中に見つけた犬のマーキング跡をトレースし、街のシンボルである温泉街入口の楼門前の空き地に10mを超えるサイズで出現させた。

A Blank Sign “Dripping Project in Sao Paulo”2018
ブラジルサンパウロにて開催された日本移民110周年記念現代美術展にて制作。
ブラジルの街を散策して得たものをモチーフにした。また建物をバックに神社の阿吽像からヒントを得た。
現地のニポブラジリアンの方、アフロブラジル博物館の方、総勢約30名の方たちが手伝ってくれた。
オープンから2週間後、夏の始まりを予感させる強い嵐のため作品が転倒した。

ドリッピング(モチーフ)のアウトラインを切り出し、プロジェクターでキャンバス(木板)に形を投影する。ハンドジグソーを使って手作業で切断し、繋ぎ合わせることで巨大な彫刻は姿を現す。ポロックとは異なる手法で、菅さん独自のドリッピングスタイルをつくり上げた。

空白をあえてつくり出す

2013年京都府庁旧館でのプロジェクト

この作品は道端の塀にかけられた犬のおしっこをトレースしたもの。展示中にモチーフが何であるかは知らされていない。それにも関わらず、「無礼だ、撤去しろ」と一部市民から声が上がるなどの苦情でわずか5時間での撤去となった。

 

「苦情いう人、わかってる!」と菅さんは笑う。

 

「不快に感じた人がいるということは、僕の表現が伝わっているということ。人間が見ているのは一面だけじゃない、表も裏もあるよと気付いてほしい。僕が制作するうえで気にすることは、あえて“空白をつくる”こと。建物と景観をキャンバスに、見る人自身がイメージを投影するんです。それに、空白がないと窮屈ですよね。人と話していても、その人だけ一方的に喋っていても窮屈だから」

 

伝統ある建造物にそのようなメッセージを重ねることは容易にはできない。菅さんの人徳や明るさで乗り越えてきているころは少なくないだろう。

 

メキシコの子どもたちから教えられたこと

メキシコの小学校で子どもたちと。

2019年1月に行われたメキシコのアーティストインレジデンス(Casa Wabi)に参加した菅さん。そこで行われたコミュニティプロジェクトで気付きがあったという。

 

「メキシコへは、Bosco Sodiさんという方に誘われてアーティストレジデンスに参加しました。2016年に彼が来日したときに作品制作を手伝ったんです。彼は全て自然素材のアースワークみたいな作品をつくるアーティスト。彼がCasa Wabiというレジデンスをやっている。そこに招待してもらって」

 

プロジェクトでは、小学校の校舎の壁に生徒とペイントすることに加え、授業で絵を描くことや表現することについて教えたという。

 

「メキシコの貧しい村では美術の授業や表現の授業がないんです。僕は子どもたちにお互いの顔を描かせた。『初めて描いた!』というけど、みんな上手で。筆や刷毛に触ったことがないから、みんなで取り合いなんですね。ジャイアンが10人くらいいる感じでした(笑)。塗っちゃいけない場所に塗ったりするから、僕はめちゃくちゃ腹が立ったんです。完成図が台無し……と。でもそもそも完成図なんてないだろうと、そのとき手伝ってくれているスタッフさんにYOU CAN NOT CONTROL って言われたんです。想像できないものができたので、面白かったです」

「日本で表現するには、まず壊すことから始めないといけない。壊すことをメインにして、新しいことを生み出す。飽和している状況から、まず引き算をして創造をするんです」

 

ネガティブなときでも、描いていたい

菅さんの制作への情熱とエネルギーはどこから生まれるのだろう。

 

どんなに落ち込んでいるときでも、『あそこに描ける壁があるらしいよ』と言われると『じゃあ描きにいく!』と言えます。ネガティブなときでも、描ける壁があれば描きにいく。自信がないときはないですね。制作ができない、制作の予定がないというときのメンタルは半端なく低いですけど(笑)」

 

気分が落ちているときでも、とにかく小さいものでもつくり続けてイメージを溜め込んでいく。そこまで情熱を傾けられるのは、アーティストとしての信念があるからに他ならない。

 

アーティストって、職業じゃない。生き方です。作品をつくっているからアーティスト、ということでは決してない

 

菅さんは現在、専属ドライバーとして都内各所を回る送迎の仕事をしている。待ち時間には依頼された似顔絵などを描いて過ごすという。「面白くないですよ。周りは作品を売っているのに僕は筆じゃなくてハンドル握っている。でもアーティストは絶対にやめない。作品を買ってくれた人に対して、ずっと続けなければ価値がないので」

 

空白部分は全てカッターで切り抜いて制作された作品。気の遠くなるような作業量に驚く

小さな作品を常につくり続けることで、大きな作品のイマジネーションに繋がる

朝7時、歯を磨いてコーヒーを飲む。カップを持つ反対の手にはすでに筆を握っている。制作期間中は食事も摂るのを忘れて朝から夜まで描き続ける。“描くのが好き”、だがそれだけではない。辛いときには、「あのときの方がしんどかった」と過去を思い出し奮い立たせ、新たな作品と向き合っている。

 

メキシコで見つけた牛骨。死者に生命を吹き込んだ作品。

ーー菅さんのこれからやってみたいことは?

 

「『A Blank Sign』の白を、あえて違うカラーで試してみたい。メキシコで子どもたちから“予測できないことの面白さ”を教わって、いままでのパターンを変えてみるのもアリだなって発見があった。あとは、倉庫で個展がしたいです。いままで単発のプロジェクトやコミッションワークが多かったので。あえてホワイトキューブではなく、倉庫でやりたい。その方が僕のスタイルに合っていると思うんです。倉庫の前に、犬を一匹繋いでいても面白いかもしれないですね(笑)」

 

終始明るく笑顔で語ってくれた菅さん。自らをヒエラルキーの底辺と喩えるが、コレクティブな市場からあえて距離を取り、貪欲にそして純粋に作品と向き合う姿に悲壮感はない。ギャラリーと契約できるアーティストはごく限られた一部。アートの世界の厳しさを知るからこそ反骨精神を持ち続け、苦悩や挫折を重ねてもアートへの情熱を絶やすことはない。

 

いままでつくり続けてきた作品が、僕を支えています

 

作品に宿る魂を、ぜひ間近で見て感じてほしい。

菅さんの挑戦はこれからも続いていく。

 

2020年3月営業終了の「東急百貨店東横店クロージングプロジェクト」にて壁一面に作品をペインティングした。(同年9月13日まで渋谷エキスポ施設として建物は残存)菅さんのコンセプトにはグラフィティーや儀式があり、渋谷の雑多なイメージやここから生まれ変わる建物へのはなむけのイメージを描いた作品。


 

菅 隆紀(すが たかのり)

 

1985年長崎県生まれ。2009年愛知県立芸術大学卒業。

自らの存在を路上に記述するグラフィティの表現を参照しながら、人間の根源的な行為や欲求をテーマに、絵画的技法を用いて表現している。2014年、オーストラリアを放浪中にアボリジニ文化に影響を受け、出会った老人の古民家にて滞在制作を行う。これまでに、「KOSHIKI ART EXHIBITION 2012」(2012年、鹿児島)、「ドリッピングプロジェクト」(2013年、京都府庁旧本館 観桜会)、「駒込倉庫」(2015年、コミッションワーク、東京)、2016年マネックス証券が主催する「ART IN THE OFFICE Program」にてグランプリを受賞、「TAKEO MABOROSHI 実験場 2017」(2017年、滞在制作、佐賀)、「虚実皮膜 ブラジル日本移民110周年記念現代美術展」(2018年、サンパウロ)、2019年、招待作家としてメキシコのCasa Wabiで滞在制作(2019年、オアハカ)、東急百貨店東横店クロージングプロジェクト」(2020年、渋谷)など国内外で展示。

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2020/4、東急百貨店東横店クロージングプロジェクト画像を追加しました。

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