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COLUMN -

  • Dec. 25, 2019

  • 共通の想いが歴史の上にある
    高岡のモノづくり

  • NAOMI KAKIUCHI/KAMADO CHIEF EDITOR

今日は立山が綺麗に見えるね

 

この土地に暮らす人たちは挨拶にこの言葉をよく使うそうだ。

誰もが共通して意識している存在がある、それはきっと大きな意味でコミュニティーとして繋がっている。

 

今回、富山は高岡のモノづくり、そしてその基盤になっている歴史の手触りを感じる旅に出た。

高岡 金屋町 2012年、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定

高岡の町は1609年(慶長14年)に、加賀前田家二代目当主 前田利長が高岡城を築き開町。
その際、7人の腕利きの鋳物師を呼び寄せて開業させた事で工芸やモノづくりの産業が活性していった事が始まりになる。現在に至るまで、全国で銅器生産トップシェアを持つ。

国宝「瑞龍寺」

前田利長の菩提寺であり、三代当主前田利常の建立した「瑞龍寺」は国宝指定されている。一本も釘が使われてない伽藍配置様式で作られていて、加賀藩百二十万石の財力を如実に示す建造物になっている。

 

建物の一つ一つが前田利長が招いた職人たちの技術、人の手で作られてきた工程を想像し、並んだ障子から入る柔らかい日差しが差し込んで、朝の空気にあいまって時代錯誤に陥りそうになる。

伝統を守り、挑戦する地場がある

 

まず訪れた工場は、鋳物メーカー能作。
1916年(大正5年)の創業。素材の特性を活かしたテーブルウェアやインテリア雑貨を制作している。2017年に竣工した新社屋には工場も併設されており一般の工場見学も随時行っている。

 

工場と聞くと、どこか暗いイメージを持つが能作の工場は光取りや、天井の高さなど、ハード面から空間に開放感がある。そして、揃いのユニフォームを着た若い職人の姿が多く見られる。長く続く伝統を必要とされるカタチに姿を変える事に挑戦し、今の時代にも、次世代への職人たちにも受け入れられているようだ。

富山県総合デザインセンター 1F
この時は「TOYAMA D'DAYS」企画展中

高岡には、モノづくりを支える基盤が整えられており、その拠点になっているのが「高岡市デザイン・工芸センター」と「富山県総合デザインセンター」だ。2つは隣接した場所にあり、連携しつながっている。

 

前者は高岡の伝統工芸を継承しながら、新しいクラフトの模索を行い、幅広い視点でデザイン・工芸の振興を図っている。後者はデザイン活用によるビジネス活性化を目指し、デジタルファブリケーションの機械を取り揃えている。
職人を育て、広める基盤と、活動を行うための拠点も設備もしっかりとある。

デザインからモックアップ制作までを手掛けるウィン・ディーの展示

上記2つと、富山県産業高度化センターも合わせ、3つの名称を「Sun Center」

見えないものをカタチにする力

 

寺院「善興寺」を見学させてもらった際に、住職が「見えない世界をカタチにするのが職人の仕事」とおっしゃっていた。それは遠く昔、仏の世界を表現する為に技術が磨かれてきたのが工芸やモノづくりの始まりになっているからだと。

 

 

シマタニ昇龍工房

Momentum Factory Orii

先出にある能作や、また仏具の「おりん」を作るシマタニ昇龍工房、銅器着色業のMomentum Factory Orii。

時代の変化と共に、守るもの、挑戦するものがある。だけど、大切にしている見えてない根っこの部分が信念にある。訪れた工場・工房はどこもその共通点があるように感じた。

そして、高岡のモノづくりは、一つの工場で終わらない事が多く工程に分業がある。つながりを大切にし、長い時間を積み重ね、皆で作り上げて守ってきたモノづくり。

 

職人でなくとも、話す人話す人がその人が考える「高岡の良さ」を語ってくれた。その繋がりこそが、1番の高岡の心地よさなのだろう。

photo by oku nakamura

今回、高岡市主催でデザイナーやイラストレーター、工芸・モノづくりに関わる仕事をされてる方々への「クリエーター向けモデルツアー」に同行させてもらった。

高岡のモノづくりに携わる人・関心のある人たちとの新しい出会いや協働の可能性を探っている。今後も続いていく縁がつながる場に居合わせる事ができた。

集合写真の場所は立山連峰を海越しに望む雨晴海岸。

万葉集で知られる歌人 大伴家持(おおとものやかもち)も、この場で多くの歌を詠んでいる。

 

今の時代でも、この景色に心が動いてシャッターを何度も押すように、手を合わせて祈ることのように、時代を経ても変わらないもの。それがこの土地に根付く見えない大切なものなんだと、感じる旅だった。

 

高岡を後にする日、立山が街並みの間から見え、「立山が今日も綺麗」と声にした。

 

これは、この土地の合言葉に思えた。

ここに暮らす人達が、歴史の上に育まれたモノづくりがこれからも続いていきますように、と持つ共通の想いと同じように。

 


 

今回紹介した内容の多くはこちらのサイトでご覧いただけます。

文化創造都市高岡

https://bunkasouzou-takaoka.jp/

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