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12
2024
STORY - EYES
Aug. 30, 2019
“感情”にアプローチする建築を
心を動かすクリエイティブな視点
建築家
クライン ダイサム アーキテクツ
writer MAYO HAYASHI
photographer YUBA HAYASHI
editor NAOMI KAKIUCHI
クライン ダイサム アーキテクツ(KDa)は建築、インテリア、公共スペース、インスタレーションといった複数の分野のデザインを手掛けるマルチリンガルオフィス。RCAを修了したアストリッド・クラインとマーク・ダイサムにより1991年に東京に設立。1996年より久山幸成がKDaに主要メンバーとして加わる。また、2003年に考案された「PechaKucha Night」は、デザイナーやクリエイターらが互いに創造性を共有するプレゼンテーションの場として世界各国に広がり、現在では1,180以上の都市で開催される世界的なイベントへと成長している。
建築家ユニット・クライン ダイサム アーキテクツは、30年以上にわたり日本の建築界の第一線で活躍している。代官山 T-SITE(2011年)やGinza Place(2016年)リゾナーレ八ヶ岳 リーフチャペル(2004年)など代表作は数多く、その場所を訪れたことがある人は少なくないだろう。彼らの生み出す建築は、ユーモアがありウィットに富んでいる。多くの人々が彼らの建築に惹きつけられるのはなぜだろう?
左から、マーク・ダイサムさん、アストリッド・クラインさん、久山幸成さん
ふたりが来日した1980年代後半、日本は活気に満ちパワーあふれる時代だった。建築業界も、バブル景気。国内外の気鋭の建築家によって、建築、インダストリアル、インテリアデザインなど多くのプロジェクトが手掛けられ、革新的で自由な発想の建築が次々と誕生した時代である。
ダイサムさん「1980年代の日本はバブルで、なんでもできるような雰囲気がありました。ロンドンはヒストリックな建物が多く、都市計画ルールが厳しいので変わった建物をつくることが難しいのですが、日本では見たこともないような建物がどんどん建てられていました」
クラインさん「当時、ロンドンのロイアル・カレッジ・オブ・アート(RCA)で学んでいた私たちは、雑誌で日本の建築を見て衝撃を受けました。例えば、渡辺誠さんの『青山製図専門学校』や、髙崎正治さんの『クリスタル・ライト』、北川原温さんの『シネマライズ』、伊東豊雄さんの『風の塔』など…“こういうことができちゃうのか”と驚いて。好き嫌いは別にして、ヨーロッパとは違った日本の建築はとてもおもしろかったです。いわば“建築のダイバーシティ”ですね」
日本の建築に魅了されたふたりは、1988年に伊東豊雄建築設計事務所で働き始める。
クラインさん「当時の建築家が、独自のスタイル、マニフェストを持つなかで、その時々で違うものをつくっていたのが伊東さんでした。同じ建築家がつくったとは思えない、一つのスタイルに染まらない建築に、とても影響を受けました」と振り返る。
その後1991年に独立し、クライン ダイサム アーキテクツを設立した。そこへ1996年よりジョインしたのが、建築・内装設計全体をまとめる久山幸成さん。クライン ダイサム アーキテクツのほぼ全てのプロジェクトに関わる中枢的存在である。
大学で建築を学び、卒業したばかりの久山さんは、都内で行われた建築関係のエキシビションでふたりと初対面した際に声をかけたという。
クラインさんが惹かれたというのは、久山さんの“自然な好奇心や探求心”だという。
当時、周りにいた多くの日本人が「英語がうまく喋れないから」と会話に消極的だったのに対し、なんでも体験しよう、チャレンジしようという姿勢だった久山さんは、彼らと意気投合し、その後ともに仕事をするパートナーとなった。
久山さん含め3人体制となった事務所は、「デラックス」という当時はまだ珍しかったシェアオフィスの形態をスタートさせる。小さな会社やクリエイターが集まりオフィスとして使用するほか、アート展示やライブ・パフォーマンスをやりたいアーティストたちにスペースを貸し出す。その後「スーパーデラックス」に移行し、そこで毎週開催するプレゼンテーションイベント「PechaKucha Night」を立ち上げるなど、クライン ダイサム アーキテクツの活動の幅は広がっていく。
“どんなプロジェクトでも、可能な限り未経験なことに挑戦しよう”と、常にチャレンジ精神をなくさない彼ら。“思いがけない発見をしたい、未知なことを体験したい”という、好奇心に溢れた姿がそこにはある。
PechaKucha Night
©Brian Scott Peterson for PechaKucha
PechaKucha Night(ペチャクチャナイト)
2003年に東京を1回目としてスタートしたプレゼンテーションイベント。「20×20」のルール(20枚のスライドを使って1枚につき20秒ずつプレゼンする)でプレゼンターは自身のプロジェクトや作品を自由に発表することができる。今や世界各国の1,180都市以上で開催される大人気のイベント。来年は「20」が並ぶ2020年、スペシャルな“PechaKucha Night”が予定されている。
代官山T-SITE/蔦屋書店
© Nacása & Partners
代官山T-SITE/蔦屋書店
© Nacása & Partners
2011年12月にオープンした『代官山 T-SITE』は「文化の森を創ろう」という考えで始まったプロジェクト。コンペでは、クライン ダイサム アーキテクツの提案が採用された。
久山さん「コンペから約1年半、蔦屋書店のカルチュア・コンビニエンス・クラブ(以下:CCC)の方々と、長い間話し合いを続けました。毎回30名ほどの担当者が集まる大きなディスカッションを何度も重ねながら、運営チームとデザインチーム両方を行ったり来たり。繰り返しブレインストーミングを行い、プロジェクトを進めていました」と多忙な日々を振り返る。
そうしてディスカッションを重ねていたあるとき、CCCの増田社長がこう話したそうだ。
“運営側は、自分たちの都合のいい考えから外れた方がいい”
その一言から、運営の道筋が大きく変わったという。人がどう感じるか、どう心に響くかを考えることをチームの軸に据えた。プロジェクトはそうして軌道に乗り、現在のT-SITEは誕生した。8年が経った今も、早朝から夜遅くまで人足が絶えることはない。種類豊富な本が並び、心地よい読書スペースがあるだけではなく、日常的にセミナーやポップアップストア、音楽ライブ、アーティストの作品展示などが行われている。
ダイサムさん「建築には、コンテンツ、アクティビティ、エクスペリエンスがないといけません。そしてスピリット。私たちに決まったスタイルはないけれど、いつも同じスピリットを持ってデザインをしています。大事なのは“楽しい”、“幸せな気持ち”になることです」
そこで“日常のコンテンツをキュレーション”することが大切だという。
現在ではオンラインでショッピングが気軽にできることもあり、自宅が居心地よく外出を避ける人も多い。だが、「人は誰かと一緒にいたいもの。どういう環境で人と一緒になりたいのか、どういう環境に人は集まるのか」を考え、魅力的なコンテンツを散りばめるという。
クラインさん「建物やインテリアだけでは、ただ形をつくっただけです。建築家が建物をつくったら完成ではなく、そこからがスタートになります。お客さま、そして現場のスタッフはそこから日常が始まります」
この空間を利用する人、働く人が“今日も生きていてよかった”と“この人と出会って面白かった”といったように笑顔になってほしい、とクラインさんは微笑んだ。
クライン ダイサム アーキテクツの建築の特徴は“ノー・スタイル”にある。クライアントやその条件に応じ、カメレオンのように自在にそのスタイルを変化させる。そしてプロジェクトの課題や条件、コンテクストに配慮しながら、独自のデザインセンスをそっと落とし込む。
例えば、山梨のリゾナーレ八ヶ岳のガーデンチャペルである『リーフ・チャペル』(2004年)では、“花嫁のヴェール”がポイントになった。“なにか一つ、強い要素があると、それがフックになって適切なアプローチが生まれる”という。
緑豊かな、庭園に面した開閉式のドーム型のチャペルは、その斬新なデザインや空間演出により瞬く間に人気となり、低迷していたホテル経営を上向きにさせた。
星野リゾート リゾナーレ八ヶ岳
ガーデンチャペル「ZONA」
(通常は非公開となります)
なぜ、これほどまでに彼らの建築は人々に受け入れられるのだろう? それは、彼らがクライアントとの対話をもっとも重視し、真摯に向き合っていることに他ならない。
クラインさん「日本人は謙虚ですし、お互いに言いにくいこともあるかと思います。けれども私たちは正直にぶつかり合い、ネガティブな要素も隠さず伝えます。オープンに話し合うことで、クライアントもリスクを理解し乗り越える勇気を持ってくれます。後々にはみんながハッピーになるんです」
ダイサムさん「日本にはビジョンがあり、リスクを恐れない勇気のある経営者がいます。日本に来て素晴らしい何人もの経営者と仕事ができることに誇りを持っています」と敬意を込める。
Ginza Place
© Nacása & Partners
クラインさん「建築も、アートの一つ。アートは人の感情に直接アピールします。大きな彫刻に光が当たり、シェイプやフォルム、色や素材すべてを感じるとき“わあっ”と心が豊かになりますね。近頃は、予算やスケジュール以外にも多くの項目において効率性が優先されすぎています。手でつくられる工芸やアート作品には機能や効率では計れない、エモーショナルな価値があります」
クライン ダイサム アーキテクツの建築は、アートを深く理解しているからこそ、自由な発想で唯一無二のものが生まれるのだと感じる。
クラインさん「世界を、社会を進歩させているのは、クリエイティブなアーティストたち。会計士でも、銀行員でも、ディベロッパーでもないのです」
終始、笑いの絶えないインタビュー。3名の仲の良さが伺えた。
イタリア出身のクラインさんと、イギリス出身のダイサムさん。ロンドンで出会ってともに来日し、日本の建築をきっかけに伝統文化や自然、土地の魅力を知っていった。
クラインさん「日本には可能性がいっぱいあります。自然も、民芸も、北海道から沖縄までバラエティ豊か。伝統工芸や着物などから、技術まで、ベースには魅力的なものがすごく豊かにあるんです。いいものがあるのに活用できていないのです。可能性があるのにもったいない!」
久山さん「それに“おもてなし”がリップサービスになって、言葉通りにちゃんとできていませんよね」
クラインさん「公共のトイレでは、“Don’t do this. Don’t do that.”あれはダメ、これはダメという注意書きだらけ。日本人は“こういう風に正しく動いてほしい”と考えていますが、もっとシンプルでいい。なんとかなるよ、とポジティブでいてほしいですね」
久山さん「日本人はちょっと勇気が足りない。自分たちのことを素晴らしいという勇気。もともと面白がる文化が日本にはあると思いますが、今は面白がっちゃいけないと思っている人が多いのではないでしょうか。みんながいいと言わないと、自分に自信が持てないというような。テクノロジーもあるしセンスもあるのに、もったいない。もっとみんなで盛り上がろう! 面白がろう! とポジティブになると、日本はもっとよくなると思います」
クラインさん「SNSでLikeがないと不安になる。政治もそうです。日本人は、もっと自由になっていい。勇気レベルを上げましょう!」
「ふたりのなんでも面白がる、たのしむところが大好きだ」と話す久山さん。「3人でいると、気が楽(笑)。プレッシャーもかかるけれど、シリアスではない。なんとかなるぞ、とリラックスして冗談を言い合えます」と、クラインさんはチャーミングな笑顔で応えてくれた。
ダイサムさん「日本には可能性があります。だから、まだまだ日本にいますよ!(笑)」
明るくたのしくユーモア溢れる人柄の彼らと向き合うと、誰もがポジティブな影響を受けるはずだ。建築家として素晴らしい功績を有する方々であるが、まずその人間力に心動かされる。「これからの10年、今までと同じことをしていてはダメ」と自らを戒めるが、これからもさらにユニークな建築が彼らの手で次々と生まれていくのだろう。将来、まだ見ぬクライン ダイサム アーキテクツの建築に、日本、そして世界で出会えると思うと、うれしくてたまらない。
クライン ダイサム アーキテクツ(KDa)は建築、インテリア、公共スペース、インスタレーションといった複数の分野のデザインを手掛けるマルチリンガルオフィス。RCAを修了したアストリッド・クラインとマーク・ダイサムにより1991年に東京に設立。1996年より久山幸成がKDaに主要メンバーとして加わる。また、2003年に考案された「PechaKucha Night」は、デザイナーやクリエイターらが互いに創造性を共有するプレゼンテーションの場として世界各国に広がり、現在では1,180以上の都市で開催される世界的なイベントへと成長している。
DESIGNART TOKYO 発起人
今年で3回目になるDESIGN×ARTフェスティバル「DESIGNART 2019」
クラインダイサムアーキテクツが発起人の一員となって盛り上げるこのイベントではPechaKucha Nightも開催される。
2019年10月18日(金)~ 10月27日(日)の10日間、東京の街全体がミュージアムに変わる。
表参道・外苑前 / 原宿・明治神宮前 / 渋谷・恵比寿 / 代官山・中目黒 / 六本木 / 新宿 / 銀座 の全11エリアで、感動をもたらすデザイン・アートが世界から集結する。
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