OUR ART IN
OUR TIME
11
2024
SERIES - ART
Apr. 15, 2022
文化と歴史の街・足利市に誕生するアートの拠点「大久保分校スタートアップミュージアム-TSUCULIE-」。
柿落としはアーティスト金子未弥
writer NAOKO FUKUI
photographer YOKO FUJIWARA(クレジットがあるものは除く)
editor NAOMI KAKIUCHI
栃木県足利市。栃木県南西部に位置する、人口14万人の街だ。この春、この街に地域の文化拠点「大久保分校スタートアップミュージアム」が誕生する。どのようなミュージアムになるのだろう?街の文化拠点としての展望とは?
美術館のディレクターに就任した秋山佳奈子さんと、オープニング展示として柿落としに参加するアーティスト金子未弥さんに話を聞いた。
photo by 鈴木和博
足利市は、渡良瀬川が東西に流れ、山に囲まれた自然に恵まれた街だ。大藤やイルミネーションなどで知られる「あしかがフラワーパーク」の名前を耳にしたことがある人もいるかもしれない。
日本最古の学校「史跡足利学校」や国宝「鑁阿寺」に代表される神社仏閣も数多く存在する歴史ある土地で、大正から昭和初期にかけては織物「足利銘仙」で、生産高日本一を誇る銘仙の産地となった。かつての織物工場や、織物産業を営んでいた人の古民家、小料理屋などの建物が今も旧市街に残されていて、当時の面影を感じることができる。
豊かな自然と、どこかなつかしい街並みが共存する足利市は、映画やドラマなどの映像作品のロケ地としても度々スクリーンに登場している。市役所の中に設けられた組織「あしかがフィルムコミッション」が制作サイドとロケ地をつなぎ、ドラマや映画の撮影を積極的に誘致。今「映像のまち」としても注目されている。
そんな歴史と文化の街足利市では、現代アートを取り入れた街の活性化にも取り組んできた。古民家やかつての織物工場などの空き家を展示スペースとして活用したアートフェスティバル「あしかがアートクロス」を2018年から過去3回開催(2020年度は新型コロナ感染拡大の影響で中止)。足利市にゆかりあるアーティストを中心に展示を行い、参加者が足利の街歩きを楽しみながらアートに触れ合えるようにと企画された。毎回1万人ほどの来場者が市内外から訪れ、地域ににぎわいを生み出してきた。
大久保分校スタートアップミュージアム外観
提供:大久保分校スタートアップミュージアム
アーティストを街に呼び、地域の人々がアートに触れられる場づくりを行ってきた足利市に、2022年4月、新たな文化拠点が誕生する。大久保分校スタートアップミュージアム(通称、OBSM)だ。
「大久保分校」とは、毛野小学校旧大久保分校のこと。大久保町と川崎町の小学校1〜3年生までがかつて通っていた小さな分校で、2004年に閉校した。
あしかがフラワーパークや、陶磁を収蔵する栗田美術館などがある市内東部の田園地帯に位置し、そばには川が流れる。心地よい自然の中に佇む、1927年(昭和2年)に建築された木造平屋建ての校舎が、この春小さな美術館として生まれ変わることになった。
OBSMに特徴的なのは、小さな美術館ながら、展示室以外に工房やカフェも設けられていることだ。
展示と工房はその名前を「つくりえ -TSUCULIE-」という。かつての1年生の教室が展示室に、2年生の教室はシルクスクリーンなどのワークショップができる工房となった。この工房では、市内の小学生の体験学習の場として活用されることも期待されている。
職員室を活用したカフェ「大久保茶館」
シルクスクリーンなどのワークショップができる工房
提供:大久保分校スタートアップミュージアム
中国茶をベースに、市内産のショウガを活用したTSUCULIEのオリジナルブレンドティー
提供:大久保分校スタートアップミュージアム
職員室を活用したカフェ「大久保茶館」では、ここでしか口にすることができない、特別なお茶とお菓子が提供される。
カフェで提供するお茶をプロデュースするのは、「ミシュランガイド東京」の三つ星中国料理店「茶禅華(さぜんか)」(東京都港区)のオーナーシェフ川田智也さん。川田さんは、大久保分校の出身だ。茶禅華で提供している中国茶をベースに、市内産のショウガを活用したオリジナルブレンドティーを提供する。
お茶とペアリングするチョコレートを提供するのは、足利市出身で、京都市内でチョコレート専門店「Dari K(ダリケー)」を創業した吉野慶一さんだ。
川田さんと吉野さん、お二人のふるさとへの思いが実るかたちで、今回コラボレーションが実現することになった。提供されるお茶やお菓子は、四季折々趣向を変えたものが登場する予定。展示を観た後のカフェでの一服も、大きな楽しみになりそうだ。
現代アーティスト 金子 未弥さん
4月22日からの柿落としに参加するアーティストは金子未弥さん。これまでにも、「都市」と「都市にまつわる記憶」をテーマに作品を制作している。
「人の記憶は見えないけれど、それが都市や私たちの周りの環境をつくる要素になっているんじゃないか、という仮説から作品を展開しています」
そう話す金子さんは、2018年度にマネックスグループが実施するアートプログラム「ART IN THE OFFICE」に選出されている。「ART IN THE OFFICE」では、「見えない地図を想像してください」というタイトルで、マネックス証券の社員に向けたワークショップを実施し、壁面に作品を制作。ワークショップを開き、参加者と関わりながら作品をつくっている。
今回金子さんがOBSMで開催する展示のタイトルは「コスモスが咲いたら花束を作って誰か知らない人に渡してください」。大久保分校にまつわる記憶を元に制作された作品だ。年代も性別もさまざまな分校の卒業生5名にインタビューを行い、彼らから聞いた印象的な話を元に日時計を制作した。
卒業生へのインタビューを行う金子さん
提供:大久保分校スタートアップミュージアム
「5名の方の話を聞いているうちに、人生の中で6歳から9歳頃という共通の時間を大久保分校という場所で過ごしているというのがすごく面白いなと思ったんです。小学校の頃の記憶って曖昧で、自分はこうだと思っていたけど実は違った、とか、ここに何かがあった気がするけど本当かどうかわからない、みたいなことがある。まるで夢と現実の境目のような。そうした記憶と、それぞれが過ごした時間の経過が重なるようなインスタレーションを、と考えて、5名の方のお話に出てきたアイテムを用いて日時計をつくることにしました」
展示風景《コスモスが咲いたら花束を作って誰か知らない人に渡してください》2022 / 金子 未弥
耳をすますと時計の針の音が聞こえてくる
校庭で使っていた竹馬、先生が授業で使っていた憧れの大きなコンパス、本校で開催される運動会で分校組のみが参加する競技だった「玉入れ」のカゴ、などが日時計となって、校舎で時を刻む。
児童たちが使っていた木製の天板の机が複数組み合わさった中心部から、植物が伸びている作品がある。これはなんだろう。
「それは、クスノキの苗木です。校舎に大きなクスノキがあるのですが、その木はシンボルのようで、皆さんのお話に必ず出てきました。閉校当時小学校2年生だった方にお話を伺ったときに、閉校記念誌を見せてもらったんです。その中で、自身も卒業生だという彼のお父さんからのメッセージで『クスノキのように大きくなれ』と書いてありました。彼はその後たくさんの時間を過ごしたと思うんですけど、そのメッセージが心の中にあったのかなと思って」
「実際に身長の高い方だったんですけどね」と話しながら金子さんは少し笑った。
かつてこの場所で、どんな物語があったのだろう。そんなことに思いを馳せながら、刻々と変わる影の姿を眺めるのが楽しい。
制作協力: 林敬庸、仲子竣祐
開館後には、有料の版画ワークショップで展示のポスターを刷って持ち帰る事ができる
ボランティアの方々と、コスモスとクローバーを植えた場所。
photo by Miya Kaneko
展示のタイトル「コスモスが咲いたら花束を作って誰か知らない人に渡してください」は、金子さんが聞いた中でも特に印象に残っているエピソードが元になっているという。
「分校から少し離れたところにプールがあって、プールの周辺にコスモスが咲いていたらしいんです。話をしてくれた彼女は、そこをお花畑と呼んでいて。お花畑の隣にある民家の人は知らない人だけれど、花束をつくってあげたら喜ぶだろうと思って、コスモスで花束をつくって玄関に置いておいた。そしたら次の日学校に、『自分の家の敷地の花を摘まれた上に、玄関の上に置いていったやつがいる』と連絡が入って先生に怒られた、という話でした(笑)。その話が胸に刺さって。小学生が人に対して良いことだろうと思ってしたことと、大人の中での悪いこと。その境界線を感じるエピソードですよね」
どうにかこのエピソードを作品に残したいと思った金子さんは、エピソードそのものを展覧会タイトルにした。コスモスにある「花が咲く」という時間の流れを、「学校の記憶」という時間の流れと重ね合わせながら。
展示は校舎の外にもある。今は撤去されてしまったが、かつて鉄棒があった場所。その鉄棒の影ができるはずの場所に、コスモスとクローバーを植えた。コスモスを植えるためのボランティアを募ったとき、たまたま参加してくれたのは、コスモスの話をしてくれた彼女だったという。「昔は摘んでた側だったのに今度は植える側にね」と金子さんは笑う。まるでドラマの伏線回収のようなエピソードが作品をつくる過程で生まれている。
制作協力: 林敬庸、仲子竣祐
金子さんが描いたスケッチでは、苗木だった「クスノキ」は大きく成長した姿をしていた。photo by Miya Kaneko
今回大久保分校の卒業生にインタビューをしながら制作を進めた金子さんは、この場所でどんなことを感じたのだろう。
「制作について考えているときに、最初の方に『こもれび』というキーワードが出てきたんです。近くに川が流れていて、山を望むこともできる。木造でできた校舎は、自然の変化を感じることができたと語ってくれた人もいました。自然、光、温かさ、この場所はそんなものを感じることができる場所ですね」
今回金子さんは足利に3回ほど足を運び、滞在して制作を行った。足利市の人は、人と人との距離感が近く、土地に愛着を持っている人が多いように感じたという。
「足利は地域の文化にプライドを持っている方が多いように感じました。分校を使って展示をするという話をすると、喜んでくれる方が多くて。それを聞いて私もすごく嬉しかったですね」
大久保分校スタートアップミュージアム -TSUCULIE-ディレクター 秋山 佳奈子さん
閉校から18年経つが、旧大久保分校は校庭内を自由に散歩することができるなど、地域に開かれた場所として愛されてきたという。OBSMはこれからどんな場所になっていくのだろう。
館のディレクターに就任するアーティストの秋山佳奈子さんは、自身も栃木県の出身だ。あしかがアートクロスにも出展経験がある秋山さんは、2019年から3年間、地域おこし協力隊として足利市で活動し、毛野南小学校の図画工作の授業にも、アーティストとしての経験を生かしながら携わってきた。
今後OBSMでどんな展示を考えているのだろう。
「私も含め、版画家などアート活動をしているスタッフの展示をまずは自己紹介的に行うことを考えています。また、栃木県出身のアーティストは東京で活動していることが多くて、意外と県内では知られていない。今後は栃木県出身の若手アーティストの紹介もしたいですね」
“スタートアップ”の名のとおり、若手アーティストの表現の場にもなっていきそうだ。一方で、地域に開かれた美術館ということも大切にしていきたいと話す。
「ずっと東京で活動してきて、栃木県に戻ってきて感じるのは、文化格差があるなということ。現代アートに触れられる場所も栃木にはあまりないんですよね。だからこそ地域の方に足を運んでもらって、いろんな作家さんと触れ合って、何か得てもらえる場所にできたらと思っています」
ただ鑑賞するだけではなく、体験ができる場として工房も生きてくるだろう。さらに秋山さんは毛野南小学校の図工の時間にも関わってきた立場から、大人だけではなく、小学生の教育の場としてミュージアムが活用されることも想定しているという。
「地域の子どもたちが地方においても文化芸術を享受できるようにしていきたいなと思っています。例えば私が関わっている小学校の子どもたちの作品を展示することもあるかもしれない。そうすることで、子どもたちと親御さんにも足を運んでもらえるかもしれないですよね。地域に溶け込むかたちで、地域の文化拠点になっていけたらと思っています」
秋山さんが教えている毛野南小学校の図画工作の授業で子どもたちが創作した作品たちが並べられる
子どもたちが、本物のアーティストの作品に触れ、アートの体験をして、さらに作品が展示される。スタートアップが意味する、まさに「急成長」をする子どもたちも、OBSMの主役のひとりだ。
大人も子どもも誰でもフラッと立ち寄ることができるように、入場料は寄付制。最大料金2000円までの好きな金額を入れてもらえるようになっている。これは以前のメトロポリタン美術館の入場料システム「ペイ・アズ・ユー・ウィッシュ」のポリシーを参考にしている。(*1)
地域おこし協力隊として移住促進の仕事にも関わってきた秋山さんは、足利市とアートの今後について、どのように考えているのだろう。
「足利市には、何か自分でやりたいなという人が集まってきやすいように感じています。それを更に支えてくれる人もここには多い。ミュージアムができることをきっかけに、面白い人たちにきてもらえるような街にできたらいいですね」
(*1)メトロポリタン美術館は2018年に入場料システムを改定し、現在は固定の入場料となっている。
渡良瀬川の上にかかる中橋は足利市のシンボル的な存在
photo by Naomi Kakiuchi
Logo Design by Sosuke Sugiura (CIVILTOKYO)
文化・アートの拠点OBSMが誕生する足利市に外部とつながりをつくる現代アートのコンテンツも生まれる。今回の金子未弥さんの展示は、そのプレイベントとして企画された。
名称は「ART ARCH ASHIKAGA -OUR ART PROJECT-」。
足利市のアート文化の取り組みにKAMADOと連携して行うプロジェクトだ。
ロゴは「中橋の上に見える空」をモチーフに、ART ARCH ASHIKAGAを通して足利に新たな風が吹き込む様子を表現している。
この仕組みに参加することによって法人企業は、企業版ふるさと納税で最大9割の控除が受けられるほか、KAMADOの記事に社名やロゴを入れることができ、企業社会活動のPRをすることができる。また足利での繋がりをつくったり、さらに支援した若手アーティストとコラボレーションし親和性のある事業をつくるなど文化と社会の繋がりを確立する事も可能になる。
本プロジェクトの第一弾として、足利市内やOBSMでの展示を企画する予定だ。文化と歴史の街 足利市と、文化と社会をつなぐ役割を担うKAMADOの新たな挑戦に、ぜひ期待してほしい。
金子 未弥 / Miya Kaneko
1989年神奈川県生まれ。2017年多摩美術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。「人の記憶も都市を構成する要素であるならば」という考えのもと、人々の記憶にもとづいて実在しない都市を思い描く。工業用資材を用いたインスタレーションや、ワークショップを行って参加者の記憶や経験を辿りながら見えない都市の姿を顕在化させるなど、多様な手法で都市を追求した作品を発表している。
【information】
展覧会名:《コスモスが咲いたら花束を作って誰か知らない人に渡してください》
会期:2022年4月22日(金)〜6月12日(日)
会場:大久保分校スタートアップミュージアム -TSUCULIE-
開館日時:金・土・日・祝 10:00~17:00(展示・大久保茶館)
入場料:寄付制
休館日:火曜・水曜
住所:栃木県足利市大久保町126
※工房は予約制ですので下記サイトをご確認ください
URL : 後日追記
交通手段
・JR両毛線 あしかが フラワーパーク駅から徒歩29分
・足利市生活路線バス富田線【大久保川崎入口】下車徒歩15分
・北関東道自動車道足利ICから車で16分
・東北自動車道佐野藤岡ICから車で27分
RELATED
ARTICLE