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12
2024
SERIES - ART
Dec. 25, 2020
今の社会をかたどる、新進アーティストの表現に出会う場所
「ザ・トライアングル(京都市京セラ美術館)」/ 「木村翔馬:水中スペック」
「誰も見たことのない、絵の見せ方をしていきたい」
そう話すのは1996年生まれで今年大学院を修了したばかりの新進作家、木村翔馬さん。
どこか浮遊感のあるキャンバスの絵画と、その絵画的ルールを取り入れ、3DCG(3次元コンピュータグラフィックス)、VR(バーチャルリアリティ)による作品制作をしている。
京都の歴史ある美術館に新設された、無料で入館することが出来る展示スペース「ザ・トライアングル」で個展を行った。新しい才能と歴史ある美術館の出会い。今そこでは何が起きているのだろう。
Photo : Koroda Takeru
京都市左京区・岡崎公園。平安神宮や京都国立近代美術館など、重要文化財や文化施設が集まるこの地域に位置する京都市美術館もまた、歴史ある美術館だ。昭和天皇即位の大礼を記念して建築計画が始まり、1933年(昭和8年)に開館したその建物は、公立美術館として日本で現存する、最も古い建築としても知られている。
2017年、通称を「京都市京セラ美術館」とするネーミングライツ契約を京セラ株式会社と締結後、大規模改修を開始。2020年5月、リニューアルオープンした。
リニューアルを手がけたのは、建築家・青木淳氏(後に同美術館の新館長に就任)と西澤徹夫氏。創建当時の和洋が融合した本館のデザインを最大限に保存しながら、現代的なデザインを加え、新たな美術館として生まれ変わらせている。
新たに加わった展示スペースのひとつが、「ザ・トライアングル」だ。その名称は、地上部分(北西エントランス)の形状、さらには、「作家・美術館・世界(鑑賞者)」の3者を結び、つながりを深める拠点となるよう名付けられた。
ザ・トライアングル「木村翔馬:水中スペック」地上から。 Photo : Fumitaka Miyoshi
ザ・トライアングル「木村翔馬:水中スペック」地上から。 Photo : Fumitaka Miyoshi
地上の階段を降り、気軽に会場へ入る事が出来る設計となっている。(※2020年12月時点ではコロナ対策の為、美術館のメインエントランスからの入館となる)Photo : Naoki Miyashita
ガラス張りの、三角形に突き出した形状が目を引くそのスペースは、京都ゆかりの新進作家を中心に表現を発信することを目的としている。
美術館の北西エントランスと繋がるこのスペースは、誰でも無料で立ち入ることができるのが特徴だ。美術館を訪れる人や岡崎公園内を散策する人が気軽に現代美術に触れることができるようデザインされている。
ザ・トライアングル「木村翔馬:水中スペック」右の壁面にはVR内の映像が流れている。 Photo : Naoki Miyashita
このスペースがオープンして2人目の展示作家となるのが、木村翔馬さん(以下、木村さん)。緑色を基調としたキャンバスに描かれた6点の絵とともに、VR(バーチャルリアリティ)作品を展示している。
※2020年9月19日-11月29日まで。現在は会期終了。
展覧会のタイトルは「水中スペック」。このタイトルには、どんな意味が込められているのだろう。
「水中スペック、というのは水の中に入ったときの、人間の機能 (=スペック) が低下するイメージを表した造語です。僕がVRを使って制作や鑑賞をするときに感じる、不自由さや動きづらさ、もどかしさみたいなものを水の中での動きとして例えたんです」
そもそも、木村さんがVRを使って絵を描いたときの第一印象は、描きづらさだったのだそう。
Photo : Naoki Miyashita
「VRで絵を描くのは難しいんです。キャンバスも四角い枠もないから、気を抜くと彫刻になってしまう。簡単に言えば、平面的な絵に見える ぎりぎりで、いかに立体物を作るかということをしています」
また同時に、VRは鑑賞者にとっても不自由なものだ。VRヘッドセットを付けて目隠しをされたような状態になるうえに、自ら歩き始めなければ鑑賞体験は始まらない。
夢の技術と言われたVR。だが人々が描いていた理想と、不自由さを含んだ現実にはギャップがある。そこに焦点を当てたいのだと話す。
《水中スペック》VR映像の一部 2020年 ©️Shoma Kimura
「VR元年といわれていた2016年頃、VRは他人と意識を共有するためのメディアだ、というような言われ方をしていました。でも実際、体験を共有することはできない。身長や見る角度によっても異なるから、同じものを見ているんだけど、体験は共有されないんです。そこが面白いなと思っています」
今回の作品は、展示室であるホワイトキューブの世界と、水に満たされた世界との間をループするような構成になっている。映像に入るタイミングでも全く異なる体験に感じられそうだ。
ザ・トライアングル「木村翔馬:水中スペック」会場内 Photo : Naoki Miyashita
ザ・トライアングル「木村翔馬:水中スペック」会場入り口 Photo : Naoki Miyashita
木村さんが広くアート界で知られるきっかけとなったのは、現代芸術振興財団が実施しているCAF賞。日本全国の学生を対象としたアートアワードで、2017年に最優秀賞を受賞した。2018年には副賞として、関東初となる個展「dreamのあとから(浮遊する絵画とVRの不確定)」を開催。今回が美術館での初個展となる。
3DCGやVRといったデジタル技術と、キャンバスに絵具で描く従来の画法を行き来しながら作品をつくることを特徴とする木村さん。デジタル技術を用い始めたきっかけには何があるのだろう。
「僕が生まれた1996年頃に、3DCGアニメーションが登場したんです。子どもの頃からそれを見て育ったこともあって、初期3DCGアニメーションの質感がすごく好きで。それを絵で描こうと試行錯誤してきました」
試行錯誤の過程でたどり着いたのが、ロウソクのロウ(パラフィン)を使って描くこと。ロウで立体的に盛り上げて絵を描くと3DCGのようになることを発見する。
「大学の4回生頃に、デジタルフォトグラメトリー※の技術を用いて、ロウで描いた絵を3Dスキャンしていたんです。画像データをゲーム開発ソフトに入れると3DCGの絵になる。それをどうやって見せていこうか考えたときに、VRになっていきました」
※被写体をさまざまなアングルから撮影し、デジタル画像を解析・統合して3DCGモデルを作成する手法のこと
ザ・トライアングル「木村翔馬:水中スペック」会場にて。 Photo : Naoki Miyashita
3DCGが好きで、それを表現してもっとわかりやすく見せたいーーそのためのツールとして行き着いたのが、VRだった。
「VRは絵を描くための、そして説明するための手段です」
今回のVR作品も、ひとつの独立した作品でありながら、キャンバスの絵の説明を担っている。
「キャンバスには、どうやって描いたか、あまり痕跡を残さないようにしている部分があります。それをVRで見ると、実はここはこうやって描きたかったんだなとか、こういう重なりで作っているんだなということがわかるようになっています」
そう話す木村さんは、新しい技術を用いながらも自分はあくまでも画家だと言う。
「僕が考える良い絵の定義は、長時間見ることができる絵なんです。例えば印象派の絵だったら、遠目に見たらオレンジや女性、などのモチーフが見える。でも、近づいたら絵具の粒が見える。そのギャップで長時間絵を観ることができます。僕の絵も、VRを見たら、もう1回キャンバスの絵を見てみよう、という鑑賞体験になるように作っています。絵を見るというのは、本当に難しいことなので、VRの作品が鑑賞者にとって少しでも絵を楽しく見るきっかけになったら嬉しいですね」
ザ・トライアングル「木村翔馬:水中スペック」ガラス面の作品を館内から Photo : Fumitaka Miyoshi
今回の個展では、絵画とVRの作品に加えて、「ザ・トライアングル」地上部分のガラス窓にも絵を描いている。
展覧会オープン時に半分を描き、残り半分は「ナイト・ウィズ・アート 2020」(2020年10月3日の「ニュイ・ブランシュKYOTO 2020」※同時期開プログラムとして実施)に併せて開催されたライブペインティングで、 3時間ほどかけて仕上げた。
ガラス面に油絵具で大胆に描かれた緑の線が、まるで空中に浮遊しているようだ。
※京都市の姉妹都市であるパリ市発祥の「ニュイ・ブランシュ(白夜祭)」に着想を得た、一夜限りの現代アートの祭典
ザ・トライアングル「木村翔馬:水中スペック」 Photo : Fumitaka Miyoshi
「ザ・トライアングル」では、個展を開くアーティストに、地上の「北西エントランス」を舞台とする作品の展開を視野に入れるとのことだが、木村さんにとってもそれは新しい挑戦だった。
縦構図を得意とする木村さんにとって、実は横長のガラス面は当初描きづらさも感じたのだという。
「縦構図の方が、視点誘導の難しい絵を作りたいと思ったときに理想的なんです。横構図だと風景になってしまうことが多くて、鑑賞者が風景だと感じてしまうと僕が求めているものではなくなってしまう。もう1つは壁画というサイズ感になると、構図が見えづらくなってしまうんですよね」
そうした苦手意識を乗り越えて描いたのは、格子模様だった。
「格子模様を描くと、ひとつひとつ絵のルールを持った四角形が生まれてくるので部分的に見ても、絵具の行為性と構図の絵として見えます。 当初は全て格子で仕上げようとしたんですけど、途中でもっと難しく描きたいという欲が出てきて。美術館の人たちにも内緒で変更しました(笑) 入口から時計回りに絵が複雑になっているんです。難しかったですが、挑戦出来てよかったです」
ザ・トライアングル「木村翔馬:水中スペック」 Photo : Fumitaka Miyoshi
描いた当時を振り返る声には達成感がにじむ。
そうやって描かれたガラス面の作品は、公園内を彩る木々と同化する。まるで周囲の風景を見るためのフィルターのようだ。それはVRとキャンバスの作品の関係にもつながるように感じた。
「思いのほか、親和性がありましたね。ガラスに描いても、なんとなくVRっぽいデジタルの雰囲気もあるなと」
CAF賞の受賞から美術館での個展。着実にステップを踏み、今後の活躍が期待される木村さんは、どんな展望を抱いているのだろう。
「今はVRを使ってますが、今後は絵具をつかった絵だけの展示や、 紙のドローイング(線画)だけの展示もしたいですね。また、新しいメディアにも出会いたいと思っています」
3DCGやVRなど新しい技術を用いる作家、として認知されているが、木村さん自身はそのカテゴライズにこだわりはない。
Photo : Naoki Miyashita
「現代に生きてる中で、体感しているリアリティみたいなものは、取り入れないと作品にならないですよね。それを僕が取り入れようとすると、メディアになるというだけです。
自分の絵の理論が揺るがされて、なおかつイメージしたように描くことができる。その方法が見つけられたら、どんなものだっていいと思っています」
制作をする根源には、どんな思いがあるのだろう。
「“何か面白い絵が描きたい”ということですかね。絵をつくったり見たりするアプローチとして、まだ見たことない何かを探しています。僕は、誰も見たことのない新しい絵の見せかたをしていきたいんです」
ただ純粋に絵を描くことに対する表現方法と向き合い続ける木村さんの力強い言葉には澱みがない。表現することは生きることなのだと言うように真っ直ぐな様子に鳥肌が立った。
Photo : Koroda Takeru
「ザ・トライアングル」では、今後も京都にゆかりの作家を中心に、新たな才能を紹介する企画展を行う。
現在展覧会を開催しているのは、音の体験やフィールドワークを起点に、独自の音場空間を構築する荒木優光(12月12日〜2021年2月28日)。
今後は、鮮やかな色彩を用い壁面や建築物にモチーフを描く湊茉莉(2021年3月16日〜6月13日)、自身が作品の一部となって展示空間に滞在するインスタレーションやパフォーマンスの形式で作品を発表している宮木亜菜(2021年6月29日〜10月11日)、主に写真を用いる加納俊輔(2021年10月26日〜2022年1月23日)、グリッド状のペインティングを中心に制作を行っている川人綾(2022年2月8日〜2022年5月15日)が続く。
いずれも今後の活躍が期待されているアーティストたちだ。
木村さんが悩みながらも「やってよかった」と語る「ザ・トライアングル」のガラス面。その場所で多様な作家たちが、どのように作品を創り出すのかも、ひとつの見どころになりそうだ。
展示の公式図録は美術館ウェブサイト上にアーカイブされ、誰もが無料でダウンロードすることができる。鑑賞者も新進作家の作品に気軽にアクセスできる。こうした取り組みは、アートをより開かれたものにしてくれるだろう。
「今」であり「これから」の作家たちの表現を体感できる「ザ・トライアングル」。この場と新進作家たちのコラボレーションは、「誰も見たことがない世界の見えかた」を提案していく。
Content Creation:Naomi Kakiuchi / Naoko Fukui
木村 翔馬
1996年大阪府生まれ。2020年京都市立芸術大学大学院美術研究科修士課程絵画専攻修了。近年の主な個展に「dreamのあとから(浮遊する絵画とVRの不確定)」(ninetytwo 13 gallery、2018年)、主なグループ展に「楽観のテクニック」(BnA Alter Museum SCG、2020年)、「ignore your perspective 49『紙より薄いが、イメージより厚い。』」(児玉画廊、2019年)など。「第4回CAF賞 最優秀賞」(2017年)を受賞。
京都市京セラ美術館
開館時間:10:00~18:00 ※入場は閉館の30分前まで
休館日:月曜日 *祝日の場合は開館/年末年始
住所:〒606-8344 京都市左京区岡崎円勝寺町 124
入館料:企画展・別館は、展覧会ごとに料金が異なります。
2021年1月3日より、予約不要。
URL:https://kyotocity-kyocera.museum/
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